2018-05-31 第196回国会 参議院 文教科学委員会 第13号
今お配りした資料があるわけですけれども、配付した名勝及び史跡に指定された小石川植物園周辺の道路拡幅なんというのはその一例で、七十一本の江戸時代から続く植生、樹木が伐採されて開発が行われていると。もう本当にそういう中で、開発と保護というのが対立する中で、慎重な議論が必要なわけです。
今お配りした資料があるわけですけれども、配付した名勝及び史跡に指定された小石川植物園周辺の道路拡幅なんというのはその一例で、七十一本の江戸時代から続く植生、樹木が伐採されて開発が行われていると。もう本当にそういう中で、開発と保護というのが対立する中で、慎重な議論が必要なわけです。
この審査補助員となった澤弁護士、何と昭和三十六年三月、小石川高校の第十三回卒業者なんですよ。小石川高校というのは小沢一郎さんが卒業された高校ですけれども、調べてみますと、昭和三十六年三月に、川野先生という担任の下で小沢一郎さんは勉強されていた。何と同じクラスに澤新さんはいるんですよ。この人が言わば小沢問題にもかかわるような検察審査会の審査補助員になっている。これ、不適格だと思うんですよね。
そこで、具体的な質問ですが、東京の小石川に通称あかがね御殿という重要文化財がありまして、私は、ある方に勧められまして見に行きました。重要文化財ですから、それこそ地域の記憶を語る文化財ですね。 問題は、このそばに、隣地に十四階建ての高層マンションが今計画されておるわけですね。私は、これを見に行きまして、一瞬、今の、トキがテンに襲われたみたいなイメージを持ったんですよ。これはひどいです。
ちなみに、岩手県出身でも小石川高校出身ですから、おたくは。おたくはなんて言っちゃいかぬね、おたくの党首は。ですから、小石川高校ということは東京。鳩山先生も同じくたしか東京、今はたしか北海道だと思いますが。
○鳩山国務大臣 一般的な文化財という定義がどうなっているか私はよくわかりませんが、私も文部大臣をいたしておりましたから、文部大臣が指定する史跡あるいは名勝、天然記念物、国宝等がある、文化庁長官がこの変更について、変更というのは、例えば小石川後楽園という、これは特別名勝、特別史跡ですが、東京ドームができると景観が害されるというので、こういうのは景観が害されるけれども大丈夫かというのは文化庁長官の方の権限
その後訪れました東京大学大学院理学系研究科附属植物園、通称小石川植物園においては、東アジアに分布する高等植物を中心に収集、栽培を行うとともに、環境省のレッドリストに基づき絶滅危惧種の保全活動を行っております。特に、小笠原諸島に生息する野生植物に関して、小笠原希少植物保護増殖事業を行っております。
小石川植物園本園と日光の分園と合わせてざっと二十人の職員で、今はもっとそれより減っていますけれども、やっていたわけです。
これは、小石川後楽園、行ったことがあると思いますが、この後楽園の名前というのは、我が郷土の茨城、水戸が生みました水戸黄門、水戸光圀がつけたものですね。御案内だと思いますが、「岳陽楼記」からの出典でありまして、為政者は天下の楽しみにおくれて楽しまなければならない、これは水戸光圀はみずから戒めたんですね。
役所からいただいた所在地は三井生命の本社ビルの二階にあると言われているんですが、各地で配られているものでは、文京区小石川、小石川和順ビル二階とかなんとか、全然違うんですよね。──いや、まだいいです。お伺いしていないです。だから、これがいいとか悪いとかここで即断するつもりは私はないです。優しく言わないとまた溝手先生に怒られるので優しく言いますが。
高齢者雇用開発協会の住所の件でございますけれども、小石川の方は東京都の高齢者協会の住所でありまして、中央に置かれています住所が三井生命ということでございます。 それから、交付金事業の人件費の割合八割の点でございますけれども、人件費が八割以上ということで、残りの二割は、施設とかいろいろな物品費がございますので、このための経費ということになるんじゃないかと思っています。
○阿南一成君 学ぶ楽しさを塾で知るということにならないだろうか、塾通いが一層ふえ、私立学校への進学熱がますます高くなり、親の経済的負担を増加させることにならないか、そして、かつての日比谷や小石川といった名門都立高校が没落していったごとく公立学校のさらなる地盤沈下が進み、親の意識や所得などによる教育の階層差が今まで以上に拡大することにならないか、塾や私立学校のない地方の能力のある子供はどうなるか、不公平
当時住んでいたところは今の文京区です、昔は小石川と言いましたが。文京区とか豊島区とか、あのかいわいではそういう大きな被害を受けた家はなかったんです。被害の多かったのは浅草とか、いわゆる下町、本所、深川、あっちの方が非常に大きな被害を受けて、火災が発生をする。倒れたところで火が出る。
小石川だったんです。その瞬間的な横揺れの怖さというのは記憶にないんですけれども、それが日が暮れて真っ暗になってから、神田の方面が、あるいは東京では下町と言いましたが、本所、深川の方向の空が真っ赤になったんですよ。空が真っ赤になったのが何だかさっぱりわからない。ともかく父親は帰ってこない、母親は子供を抱いておろおろすると。何が起こったんだか情報が全くなかったんですね。
そういったことからいいますと、さっき瀬谷議員のおっしゃった小石川なんというのは、本郷を初めとしてあの辺は大変丈夫なところであります。そういうふうなことで、この霞が関なんかも少し台地になっているわけで、比較的丈夫なところである、安全なところであるというふうには思っております。
一つは、総理の郷里岡山の烏城にある名園であり、もう一つは一般的には東京ドーム、後楽園球場の名で知られておりますが、これは隣接する旧水戸藩上屋敷の小石川後楽園の名をかりたものであります。いずれも中国の宋代の古典「岳陽楼記」の中にある為政者の心構えを示す言葉として名言とされる「先憂後楽」からとられたとされております。
ですから、享保の改革と言われる、大奥の経費を全部たたき切るとか、そういう厳しい改革を行ったんですが、吉宗は、厳しい財政の中でも、一方で節約を強いながら、まず町の庶民の安全のために町火消しをつくり、小石川養生所をつくって、今でいう社会保障を拡充して病院もつくったんですね。
昨年十二月以来、東京郵政局が石神井、目黒、板橋、小石川の局に応援部隊と称して十名から二十数名の管理職を局長の頭越しに職場監視のために送り込んで徹底した労務管理を行っているんです。その結果、石神井局では局長以下管理職全員が更迭された。職場に来てその部隊が何をやっているか御存じですか。ここに私、その点検項目を持っています。
例えば文京区大塚三丁目から小石川五丁目、四丁目、隣の春日通りと氷川坂下通りに挟まれた地域、ここは旧教育大の跡地あるいは学校、公園など、三〇〇%の一種、二種の中高層住居専用地域、これを囲むようにして四〇〇%の一種、二種住居地域、近隣商業地域、準工業地域が隣接して指定されているわけです。私はその地域によく行くんですけれども、先日は都市計画図を持ってずっと視察してみました。
○細川証人 新昭和研究会、私の政治団体でございますが、六月十五日に小石川税務署に法人税期限後申告書を提出をいたしました。中身は、平成元年、二年、三年分につきまして、合計五百五十二万円の運用益を申告をいたしております。納付税額は、加算税、延滞税、地方税を含んで約三百二十万円でございます。 それから、私個人の分といたしまして、六月十六日に熊本西税務署に修正申告書を郵送して発送をいたしました。
僕が育った小石川は隣が本郷だ。大学がたくさんあるから文京区というのですよ。だけれども、そのときには、そういういろいろな歴史的関係もあったけれども、基準は何だったかというと、面積なんですよ。人口じゃないのです。その区を、この自治法では「特別区」と書いて、国法の中に書かれちゃっているんだ。普通の市の区画じゃないのですよ。 区長さんが昭和二十二年のときには公選だったのです。
文京区小石川三丁目で藤和不動産というのが土地の買い占めをやって、立ち退いたうちは鉄板で囲って、残っている家の三万を鉄板で覆う。これは社会問題になった。国会でも参議院土地特で内藤議員が追及して、建設省の指導で鉄板が取り払われた。現に居住者が残っているのに、その周りを鉄板で囲んでしまうなんというやり方、これを住都公団がやるんですからね。民間でさえ問題になった。
実際、小石川植物園に伺って、施設も見させていただきました。本当に温室一つとっても狭くて古くて、実際問題こんなところでこんな貴重な種が、えっと思うようなところでございますね。これはもう伺いませんが、やはりマンパワーと同時に、施設の拡充ということも今後やはりしっかりと認識して対処していかなければいけないのじゃなかろうか、私は本当にこれを痛感いたしました。
そこで、日本の植物園、例えば小笠原の固有種のうち八十三種を系統保存していると言われる、小石川にございます東京大学の植物園、これの実際に保護増殖に携わっている人たちの人員あるいは年間の予算、こういったものは文部省、どうなっていますでしょうか。