2004-04-07 第159回国会 参議院 憲法調査会 第5号
言わば、明治の、明治維新の富国強兵の時代から、私は、富民保力、民を富まし力を保つ、富民保力の時代にあるというふうに考えるわけでございます。
言わば、明治の、明治維新の富国強兵の時代から、私は、富民保力、民を富まし力を保つ、富民保力の時代にあるというふうに考えるわけでございます。
国民中心、市民中心を掲げてきた我々民主党の立場からすれば、ここはどうしても、富国ではなく富民という言葉を選ぶということになると思います。まさにこの点にこそ、民力を掲げる民主党と、国家主義を中心とする自民党政治の最大の対立軸がはっきりわかるのであります。
そこで、富国と富民ということを申されましたが、私は、国は立派だが国民は不幸せというようなことはあり得ないわけでございまして、したがいまして、国民と国家とを対立的にとらえるべきではなく、一体として考えていくべきである、こう考えております。 こうした社会を築いていく上で、経済の繁栄はいわば基礎的な条件であることは申すまでもありません。
明治以来の追いつき型近代化、豊かな社会、つまり富国富民の実現という長期国家目標が達成された時期であった。この時期は高度経済成長の終わり、明治以来の追いつき型近代化の達成、成長の限界、つまり近代工業文明の転換期という認識が登場した時期であった。こういうとらえ方です。 簡単に言いますと、大臣、私のとらえ方を言えば、富国富民というのは戦前から戦後にずっと連続面だ、昭和四十六年ごろまで。
時期を分けますと、やはり戦後というのは富国強兵というものは全く考えておらずに、富国よりもむしろ富民、一人一人の国民が豊かになることが結果として社会や国が豊かになることであり、その努力の集積がいい結果を国民生活にまた投影し反映してくれるだろう、こういうことでありますから、やはり戦後の教育を貫いておりますものは、戦前の教育の示したそういった理念、目標ではなくて、一人一人を大切にする、先ほど申し上げましたように
その反省に立って、強兵というのはいかに非現実的なものであるか、この目標を否定を明確にしておることは当たり前のことだと思いますが、私は評価しておるし、また、先ほど言いましたように、富国というものを国が何が何でもというよりも、一人一人の国民が豊かになり幸せになり文化的な生活を受けることができるように富民ということを大きく願えば、それは結果として社会や国が豊かに、文化のレベルも生活の質も高くなっていくということにつながるわけでありますから
ただ、ここに書いております非連続面と申しますのは、軍国主義とか極端な国家主義というものがあの年代のときにあって、それがもう終止符を打たれたというところから、それは連続しておらないことをしっかり認識することが必要だと同時に、連続面としては、「富国富民」ということを申しておるんですが、私はさらにそれを科学技術振興だと思っておるんですよ。
私は、これから新しい技術開発の中で富民共同というような形で物事を進めていくことが非常に大事だと思います、これまでの官主体ではなくて、民間の関心のないところでやるのは非常に難しいと思うんですが、今動きとしては、民間が関心を持つという動きになっておりますので、この時期に産学協同という新しい機構をつくってそういう形を促進していくことが大事だと思います。
○岡本参考人 戦前の教育が富国強兵であって、それから戦後のものが富国富民というか国民が富むということで、非連続のものは、強兵というものは完全になくなったということと、それから富民というものが連続しておるということでございます。それで、これは教育基本法の登場で、戦前の教育と異なって、人格の完成を目的にするんだということが一番大事なことであったわけですね。
特に八ページ上段には、「敗戦と戦後改革によって「強兵」路線を否定した結果、戦後日本は「富国富民」路線に専念できることとなり、」云々と記載をされております。 教育基本法第一条は、私が言うまでもありませんけれども、「教育の目的」でありまして、それは、「教育は、人格の完成をめざし、」云々と明確に規定をされています。
戦後は富国富民の路線に専念できることで、これも書いてあることです、日本は未曽有の経済成長を遂げた。しかし、それは戦後三期、つまり皆さんの分析しておる昭和四十二年から昭和四十六年という四六答申の前までですね、高度経済成長の前まで。つまり、それは戦後三期に至り追いつき型政策は達成され、成長の限界が見え、近代工業文明の転換期に入った、こういう見方ですね。
それで、連続しておるものがないかといいますと、富民、国を豊かにということは明治以来、特に戦後はあの窮乏のところから出たのですから、あるわけです。それを連続というのがいけないとおっしゃるんだと思いますけれども、私は、特に日本の今日までのあり方につきまして、科学技術というものに関連しまして、この点では明治以来の連続性を感じておるのです。
富国富民とでも言うんですか、あるいは質度の高い社会をつくろうということで教育基本法が出て、人格の完成、個性の尊重、機会の均等という新しい教育目標を掲げて進んできた。一方欧米先進国の文明に追いつき追い越そうという明治以来の努力目標も、国民一体となってなし遂げられてきた。」こう述べられている部分があります。
政府は富民格差是正などと言っておりますが、これはより低い水準に合わせることによって年金水準全体を切り下げるための口実でしかありません。 ましてや、農林年金の場合、現役時代の低賃金、若年定年制による組合員期間が短いこともあって、その給付水準は他の共済年金や厚生年金と比べて最も低い水準です。現状でも年金だけでは生活できないのに、それをさらに引き下げるということは断じて許すことができません。
○渡部(行)分科員 時間が来ましたので、いろいろまだまだ問題はあるわけですが、これは約束の時間ですから終わることにいたしますが、それにしましても大臣、「農業富民」という雑誌の二月号、これに太田原芳治という方が、非常にためになる論文を出しております。この方は私の恩師でありまして、ですから、ひとつよく読んでいただいて、その精神をくみ取っていただくならば、きょうの私の質問の概要は十分つかめると思います。
それは、富国強兵は過去の迷夢、富民平和こそきょうからあすへの希望、強い国、犠牲となる人が多い強い国よりも、よい国、人々のしあわせ多いよい国こそ、われわれの築き上げなければならない日本、祖国日本であるという合意であります。いかがでありましょうか。(拍手) 〔「こんな格調高い演説は久しぶりだな」と呼ぶ者あり〕 〔内閣総理大臣佐藤榮作君登壇〕
この予算は、一部資産階級には富民予算であり、国民大衆には窮民予算であると言わなければなりません。 以下、特に五つの点を指摘したいと思います。 第一は、建設国債の実質は赤字国債であるという点であります。 政府は、建設国債と称し七千三百億を出すわけでありますが、しかしながら、河川、道路、住宅など、いわゆる公共事業費の増額は、全体で一千四百億円にすぎないのであります。
また、男女別に見ましても、女の割合が非常に多いというようなことがございまして、そういうことが国家公務員の賃金と民間の賃金を比較いたしまする上におきまして非常な影響があったであろうというようなことが考えられるのでありますが、以上のような結果、われわれの富民較差というものが九・三%というふうに出て参ったのであります。
これは特に富民党の皆さん方からはいろいろ御意見があると思うのですが、私たち自身が労働組合内部でもってどうあるべきかということは、逐次改善もされておりますし、そういう点については、少なくとも国の選挙や何かのお金の行き先と労働組合の内部のお金の動き方とは違いますので、それを混同されていろいろ御批判されるのは非常に迷惑だ、そういうことをつけ加えて申し上げておきます。
かつて毎日新聞が富民協会をやつたときに、島根県でありますが、五石三斗八升という記録をつくりました。二、三日前の朝日新聞によりますと、六石一斗三升というレコードをつくつております。
過去の富民協会にありました八石四斗も取る、これもレコードに出ておりましたけれども、これは全国的にさようなことを望んでも駄目であります。今では米におきましては二石四斗そこそこが標準とされておりますが、併しまだまだ私は平均收量を上げ得ると考えるのであります。米にしましても、麦にしましても、又その他の食糧にいたしましても、まだ上げられる余地があると存じます。
尚耕種の改良につきましては、これは限度がありますが、曾て富民協会のやりました増收の競技におきましては八石四斗穫つた実績が島根県にあります。これは必ずしも全国の耕地にこれを見ることは不可能なことであります。併し今日平均反收を米において申上げますと二石四斗何がしになつておりますが、まだこれを殖やす余地はあろうと存じます。
米も富民協会のレコードはたしか八石四斗鳥取縣でとつたのがあります。しかしそれはその当時の経済事情から許されなかつたのであります。米の二十三円やそこらの時代でありますから、それはもう問題にならなかつたのであります。今日今大森さんのお話になつたような、隱れた篤農家というものが相当全國に散在しておるのであります。
極端な栽培をいたしますれば、八石四斗もとれる富民協会などの実績もあがつております。あがつておりますけれども、それは平均に求めることはできないのでありまして、特殊の事情でありますが、しかしまだ稻作の点から申しましても、全國平均が二石そこそこだというようなことでは、決して十分な地方を発揮したものとは言い得ないと思うのであります。
米におきましても大阪の毎日新聞富民協会が曾て年々やつたことでありますが、作柄の共進会をやりました。最高は八石四斗であつたと思うのです。私が今関係しておりまする甘藷の二千貫会の人々は二千貫を穫つておる。二千貫と申しますれば米に換算いたしまして十四石乃至十六石であります。八石四斗穫るということは殆んど不可能である。二千貫の藷を穫るということは決して不可能ではない。その例が各地に出ておるのであります。