1953-12-18 第19回国会 衆議院 行政監察特別委員会 第3号
ところで、富士山の頂上には、富士信仰と六日信仰との結合によりまして六日堂が設けられました。ところが、明治初年の神仏分離の結果、明治六年六日堂が撤去されまして、そのあとに静岡県庁の許可を得て浅間宮が創設されまして、本宮の摂社に列せられて、十二年の七月には奥宮に改定されているわけであります。
ところで、富士山の頂上には、富士信仰と六日信仰との結合によりまして六日堂が設けられました。ところが、明治初年の神仏分離の結果、明治六年六日堂が撤去されまして、そのあとに静岡県庁の許可を得て浅間宮が創設されまして、本宮の摂社に列せられて、十二年の七月には奥宮に改定されているわけであります。
○吉田参考人 宗教活動というものが、富士信仰、富士そのものについておるのでありますれば、それが神社からもぎとられて、そこではもう宗教活動ができない、——純粋な国有になつて、神社と切り離されるということであれば、浅間神社は滅びてしまうよりしようがない。これくらい大きな宗教活動の障害はないと思うのであります。
富士信仰というものを主張されておつしやることはどうかと思うのです。
従つて、境内地処分に関する法律の条件にぴつたり合つておるという関係がございまして、それ以外の富士信仰にはそういう適格がないというふうに考えるのであります。またそういつた浅間神社以外の富士信仰からは、譲与の申請も出てないというようなことから、この浅間神社のみに譲与されてもさしつかえないというふうに考えておるのであります。
○小林(信)委員 富士信仰はこのお宮を通さなければ適格なものでない、こういうわけですか。