1980-04-08 第91回国会 衆議院 法務委員会 第13号
そのときは、我妻栄先生それから中川善之助先生そして田辺繁子先生とか、あらゆる法律の関係の方にお願いしたのですけれども、お三人とも、それから宮城タマヨ先生なんかもおっしゃることは、遺言を書けばいいじゃないか、それからもう一つは養子縁組みすればいいじゃないかとか、そういうことなんですけれども、そういうものは絶対できるものではございません。
そのときは、我妻栄先生それから中川善之助先生そして田辺繁子先生とか、あらゆる法律の関係の方にお願いしたのですけれども、お三人とも、それから宮城タマヨ先生なんかもおっしゃることは、遺言を書けばいいじゃないか、それからもう一つは養子縁組みすればいいじゃないかとか、そういうことなんですけれども、そういうものは絶対できるものではございません。
しかし、その破防法においてさえ、この審議のときに、緑風会の宮城タマヨさんとか、まあ今の荒木文部大臣も当時は民主党という政党があってそれに属しておりましたが、それから前公安調査庁の関次長さんも、特高警察の復活にならぬよう警察には調査権限を与えず、警官と別個に独立した公安調査官がその身分を明らかにした上で強制権を持たぬ、こういうような制限をつけて調査権を認めるという方法がとられているだけであります。
私は、いっかの運輸委員会で、四、五年前でございましたが、言ったことがあるのですけれども、たとえば、白バイが隠れておって、スピード違反を見つけて、ぱっと飛んでいって一点かせぐ、こういうのじゃなくて、昔は、宮城タマヨさんがかつて質問をして、追及しておられたのですけれども、日比谷の交差点に非常に厳格な交通巡査が見えたそうだ。非常にこわかったそうですよ。
次に、売春対策審議会委員である衆議院議員世耕弘一君、同島村一郎君、元参議院議員宮城タマヨ君、参議院議員大川光三君、同草葉隆圓君がそれぞれ同審議会委員を辞任または自然退職となりましたので、その後任として、衆議院議員田中角榮君、同福家俊一君、参議院議員市川房枝君、同高野一夫君、同山本杉君の五君を任命いたしたく、国会法第三十九条但書の規定により、両議院一致の議決を求めるため本件を提出いたしました 五君の
そこで、この家庭裁判所の調査官に対する待遇改善、これはしばしばこの委員会でも取り上げられた問題であり、私一昨年の速記録を拝見いたしますと、宮城タマヨさんが、五鬼上事務総長に対して、家庭裁判所の調査官の待遇改善について意見を述べられ、裁判所側は、十分に検討いたしますという御答弁があったはずであります。
昭和三十四年五月四日(月曜日) 午後一時三十五分開会 ————————————— 委員の異動 五月二日委員青山正一君、井野碩哉 君、小林英三君、榊原亨君、吉野信次 君、赤松常子君、亀田得治君及び宮城 タマヨ君議員の任期を終了した。 本日議長において大川光三君を委員に 指名した。 ————————————— 出席者は左の通り。
委員長 古池 信三君 理事 大谷 瑩潤君 一松 定吉君 高田なほ子君 宮城タマヨ君 委員 小林 英三君 吉野 信次君 江田 三郎君 衆議院議員 法務委員長 小島 徹三君 政府委員 法務大臣官房司 法法制調査部長
委員長 古池 信三君 理事 大川 光三君 高田なほ子君 宮城タマヨ君 委員 大谷 瑩潤君 小林 英三君 土田國太郎君 野本 品吉君 亀田 得治君 北村 暢君 棚橋
○宮城タマヨ君 もう一つよろしゅうございますか。最高裁の次長さんに伺いたいのでございますが、これは二十六年から今ちょうど八年間そのままになっておりまして、何も文句なかったんでございますね。判事の方で。そして今度は裁判官会議にかけて、この問題は解決なさったんでございましょう。そのあとでこの問題が起ったんでございますか、判事の方から。その点を伺いたい。
○宮城タマヨ君 ちょっと関連して。どなたに伺えばいいのですか、二十六年に一般の公務員と判検事とは同じ格になったということを、私も法務委員として今さらこんなことを言うのは大へん怠って恥かしいのですけれども、そのときのいきさつを、一つお話し下さいませんでしょうか。
○宮城タマヨ君 その資料の調査、そして実際のこの機構改革ということになります時期というものは、予想がおできにならないのでございましょうか。私から見れば、待ち長くて仕方がないのでございます。
○宮城タマヨ君 この八王子に土地を見つける、その他のあっせん方を府中の方にお願いになったということは、つまり府中の市でもって責任を負いましょうと言ったからのことなんでございますね、それで、その間において、八王子の方に交渉することは全然法務省はタッチしていらっしゃらないのでございますか。
○宮城タマヨ君 この八王子の甲ノ原にということが大私決定しそうになりましたときに、PTAのおっかさん方が、まあ婦人会と提携したようにも聞いておりますけれども、非常に反対したということを私は聞いておりますが、その点いかがでございますか。
○宮城タマヨ君 この府中から八王子の方に願いましたときに、何かお礼しなければならぬとかいうようなことについては、別に法務省に責任を負うかとか、何かお礼をしないかとかいうような話は、少しもございませんでしたですか。
昭和三十三年十二月十一日(木曜日) 午前十一時十二分開会 ————————————— 委員氏名 委員長 野本 品吉君 理事 大川 光三君 理事 一松 定吉君 理事 棚橋 小虎君 理事 宮城タマヨ君 青山 正一君 大谷 瑩潤君 小林 英三君
委員長 野本 品吉君 理 事 大川 光三君 一松 定吉君 棚橋 小虎君 宮城タマヨ君 委 員 青山 正一君 小林 英三君 鈴木 万平君 亀田 得治君 辻 武寿君 政府委員
○宮城タマヨ君 ちょっと伺いますが、今試験観察はどういうことになっておりますか。全体の事件について。
○宮城タマヨ君 ただ逆送するようにということで、そのほかの文字はございませんでしたか。
○宮城タマヨ君 きょう保護局長見えておりませんね。
昭和三十三年十月二日(木曜日) 午後零時五十五分開会 ————————————— 委員氏名 委員長 野本 品吉君 理事 大川 光三君 理事 一松 定吉君 理事 棚橋 小虎君 理事 宮城タマヨ君 雨森 常夫君 井上 知治君 大谷 瑩潤君
○宮城タマヨ君 第三班の委員派遣報告を申し上げます。 第三班の派遣委員は、野本委員長と私でございました。随行は天久調査員でございました。この一行で去る七月十六日から二十三日までの八日間・福岡、大分、愛媛及び香川の四県を回って参りました。 すなわち、第一審強化に関する事項等につきましては、福岡高等裁判所及び松山地方裁判所において現地法曹関係者に懇談の形で行いました。
委員長 野本 品吉君 理事 大川 光三君 一松 定吉君 棚橋 小虎君 宮城タマヨ君 委員 青山 正一君 雨森 常夫君 大谷 瑩潤君 小林 英三君 藤原 道子君 後藤
委員長 青山 正一君 理事 大川 光三君 一松 定吉君 棚橋 小虎君 宮城タマヨ君 委員 吉野 信次君 亀田 得治君 坂本 昭君 矢嶋 三義君 横川 正市君 国務大臣 文
松野 孝一君 杉山 昌作君 島村 軍次君 竹下 豐次君 中野 文門君 佐藤 尚武君 武藤 常介君 上林 忠次君 加藤 正人君 最上 英子君 迫水 久常君 松岡 平市君 田中 啓一君 森 八三一君 西川甚五郎君 青山 正一君 藤野 繁雄君 宮城タマヨ
(拍手) —————・————— 〔参照〕 賛成者(白色票)氏名 七十九名 杉山 昌作君 島村 軍次君 竹下 豐次君 中野 文門君 佐藤 尚武君 加藤 正人君 松岡 平市君 田中 啓一君 森 八三一君 西川甚五郎君 青山 正一君 藤野 繁雄君 宮城タマヨ君
○宮城タマヨ君 この建物につきましては、あるいは設備につきましては、私と局長とは初めから意見は一致しておりませんのでございます。でございますが、今日、三カ月たっても一人もないと、それがずっと続こうとは私も思っておりません。
○宮城タマヨ君 私はこの問題を取り上げる前に、少し根本問題について局長に伺いたいと思います。 私の調査しております範囲では、つまり、東京にほんとうは百人くらい収容し、それから大阪と福岡とに九十人くらいという三つの施設をお作りになる予定だったのでございますね。
○宮城タマヨ君 今、栃木の支所でございますね、三ヵ月も職員はただで、俸給をもらっておるんでございますか。一人も女がいなかったが、どうしておりますの、それから伺いまししょう。
委員長 青山 正一君 理事 大川 光三君 棚橋 小虎君 宮城タマヨ君 委員 大谷 瑩潤君 安井 謙君 吉江 勝保君 亀田 得治君 高田なほ子君 光村 甚助君 国務大臣 法
委員長 青山 正一君 理事 大川 光三君 一松 定吉君 棚橋 小虎君 宮城タマヨ君 委員 大谷 瑩潤君 赤松 常子君 亀田 得治君 後藤 文夫君 辻 武寿君 政府委員 警察庁長官