2008-03-28 第169回国会 参議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第4号
沖縄本島の離島、宮古群島とか八重山群島、そして北部の市町村長たちとお話合いをしましたときにも出てまいりましたのが医療の問題でした。とりわけ、宮古に参りましたときに、産科の医者がいないと、そういう自治体がございました。ところが、その自治体は日本一出生率の高いところと。赤ちゃんを産むのにその島からさらに次の宮古島市に船で移らなければいけないと。
沖縄本島の離島、宮古群島とか八重山群島、そして北部の市町村長たちとお話合いをしましたときにも出てまいりましたのが医療の問題でした。とりわけ、宮古に参りましたときに、産科の医者がいないと、そういう自治体がございました。ところが、その自治体は日本一出生率の高いところと。赤ちゃんを産むのにその島からさらに次の宮古島市に船で移らなければいけないと。
また、沖縄は全国で有数の離島県であり、昨年九月には、最大瞬間風速七十四・一メートルという気象観測史上七番目を記録する台風十四号が宮古群島を襲い、県民生活に甚大な被害をもたらしたところであります。
私も、ひとり宮古群島に限らず、今平良港に入る貨物船等は、大きな物資を載せて、平良であり、石垣でありあるいは台湾であり、そういったところをぐるぐる回りながらお互い物資の交流をしておるわけですね。そういう面では非常に重要な生活港なんですよ。陸上でいえば生活道路と言ってもいいくらいのところですから、そこの拡幅は極めて重要である。
そして、これは先ほどの答弁にもありましたように、先島全体の問題になっていく問題でございますので、宮古群島のみならず、大きな船で宮古を経由して八重山へ行く、こういうような状況もあるわけですから、全体の影響が出てまいります。
このために、昭和四十七年から久米島におきまして、不妊虫放飼法という画期的な方法によりまして実施した根絶実験防除の成功例というのがございまして、これを基礎にいたしまして、昭和五十五年から年次計画によりまして島別に順次根絶防除を実施してきた結果、昭和六十年十一月には宮古群島で、平成二年におきまして、十月ですか、沖縄群島で根絶を達成したわけです。
宮古群島入っていないわけです。そして八重山群島入っていないわけです。十五内外の島々が点在しているわけです。そこにおおよそ十万人、三万世帯の住民が生活しているわけです。そこで、その問題を解消しなくてはならぬということですから、具体的にどういう方法でこれを解消されようとしているのか、お伺いします。
そこでは、建設省の都市公園補助事業を受けて実施されている伊良部町カントリーパーク予定地を視察し、次いで我が国唯一の民間航空パイロットの養成、訓練を主たる業務とする下地島空港を、また世界でも珍しい海へ通じている通り池、さらには宮古群島が眼下に展望できる牧山展望台を視察いたしました。
昭和五十三年に久米島で、また六十二年の十一月には宮古群島において根絶に成功いたしているところでございます。沖縄のその他の地域につきましては、沖縄本島とその周辺諸島では六十一年十一月から実施をいたしているところでございます。
○後藤政府委員 私ども認識しておりますところでは、現在お米の流通につきまして、沖縄本島とその周辺の離島地域が一つ、それから宮古群島地域が一つ、それから八重山群島地域、大体この三つに実態上分かれているというふうに承知をいたしております。私どもも、食管法の施行に当たりましてこういった三地域の区分でお米の流通の実態が形成をされているということを踏まえて考えてまいりたいというふうに思っております。
○藤本国務大臣 お話は宮古と東京との直行便の問題だと思うのですが、確かに宮古群島それから石垣、いわゆる先島方面は那覇からも三百キロ前後でございますか離れておりまして、非常に遠いところにあるわけでございますし、また有人の離島の中では本島を除けば非常に大きな島、人口も経済力も持っております。
宮古—東京間に新規路線を開設するには、路線を安定的に維持するための航空需要の見通し、羽田空港の受け入れ能力、運航会社の選定などいろいろの問題があるわけでありますけれども、この直行便が新設されますと宮古群島の産業、経済の発展にとって大きな役割を果たすものと期待されるわけでございます。
そこで、宮古−東京間に新規路線を開設するためには、路線を安定的に維持するための航空需要の見通し、羽田空港の受け入れ能力、航空会社の選定など難しい問題があるわけでございますが、この直行便が新設されますと宮古群島の産業経済の発展にとって大きな役割を果たすことが期待されるわけでございます、しかし、いずれにいたしましても、本件は運輸省の航空政策の判断にまたなければならない問題でございますが、沖縄開発庁といたしましては
主要病害虫のうち、まずウリミバエにつきましては、被害軽減のための薬剤散布による防除を実施するとともに、五十三年に久米島において根絶に成功いたしました不妊化虫放飼法により沖縄県全域の防除を目標にその根絶を図っているところでございまして、五十九年度からは宮古群島について事業を開始することとし、その後沖縄群島、八重山群島の順に計画的に防除を進め、できるだけ早期に根絶を期したいと考えております。
その後、昭和二十五年になりまして、宮古群島政府というのが発足いたしましたものですから、そこで耕作者に有償貸し付けされたようでございます。
同時に、関連いたしまして、これは先月の話なんですけれども、沖繩県の宮古群島の一番最南端の方に多良間島という島があります。この多良間島に、石油かどうかは別にしましても、ある企業が石油備蓄のための下調査を行っておるわけですね。
第四日は、宮古島に赴き、同島における離島施策に関し視察を行った後、宮古支庁長及び宮古群島地区市町村代表と懇談いたしました。 今回の調査は、沖繩海洋博開幕後約一ヵ月を経過した時期を選び、現時点における沖繩県民各界各層の意向を把握することに努め、活発な意見の提示を見たことは有益でありました。
それから僻地に医師が派遣できるようにひとつ要望したいと、これは要望書ありますかね――救急医療事業の補助金交付については、十万にこだわらないようにしてほしいと、それから二番目は血液銀行の分室を何とかして設置してもらいたいと、特に那覇に分室があればどれだけ助かるかわからない、というのは、島民の中では宮古群島を中心にして、若い人たちがどんどん島外へ出て行っているわけですよ。
そのときに、宮古島を中心にする市町村長さんたちが何を一番強く要求をされたかと言いますと、こういうことなんですよ、救急診療所ですね、夜間診療所を、宮古群島を中心にしての市町村が寄り合って、昨年の四月から開設をしたと、で、大変島民が不安から免れておるわけだけれども、六カ月で千二百四十万円の赤字が出たと、出ておるんです。これは先生を確保するのに大変苦労してやっと確保したと。
御案内のとおり、いわゆる宮古群島、八重山群島、沖繩本島と、こう三つの群れをなしておるというのが沖繩の琉球列島の配置図でございます。