2017-06-13 第193回国会 参議院 法務委員会 第18号
とにかく、この法案を審議する場合、現象論でも駄目で、本質論だけでも駄目で、一般の人、理解できないんだから、刑事局長のような非常に法文、厳密に解釈してくださるのはいいんだけれども、一般の人たちが分かるには実体論でなければいけない。 大臣でも刑事局長でもいいですけれども、オウム真理教という組織的犯罪集団の中核部分には麻原彰晃という教祖がおりました。その周辺者というのは誰ですか。
とにかく、この法案を審議する場合、現象論でも駄目で、本質論だけでも駄目で、一般の人、理解できないんだから、刑事局長のような非常に法文、厳密に解釈してくださるのはいいんだけれども、一般の人たちが分かるには実体論でなければいけない。 大臣でも刑事局長でもいいですけれども、オウム真理教という組織的犯罪集団の中核部分には麻原彰晃という教祖がおりました。その周辺者というのは誰ですか。
法律論よりも実体論を重視されている経済学者というふうに言われておりますが、FRBのバーナンキ前議長、それからアメリカのサマーズ元財務長官は、日本の金融政策を、政府の借金を中央銀行が直接引き受けるヘリコプターマネー政策に似ていると言っているわけであります。その疑いが指摘をされている以上は、財政法第五条の精神からしても、独立府の人間がチェックする必要があるわけであります。
ただ、そういう成果の裏側で、自分自身も反省をしているし残念でございましたのは、引当金の取り扱いの綱引きに、財務省対地方ということで強烈なものがあった関係で、この問題の調整に時間と労力を相当とられた、結果として、この法案ないしは前の公営企業金融公庫法の背景にある実体論というんですか、地方公営企業のあり方についてどうするんだということについての議論を必ずしも十分できなかったという問題があると思います。
○前田参考人 さておけるかどうかということがありますが、私は、単なる明文論ではなくて、実体論としてこの法案をとらえておりますので、実体を論じなければ明文というのは見えてこない。見えている明文は、中に大きな実体を隠している、だからその実体を論じようということですから、両者は不離一体で、さておけというふうに命じられても、なかなかお答えがうまくできませんが。
農水省から出ておるのでありますから、別に権限がどうというよりは、おまえのところに関係あんのやから来いということで、どんどんやっていかれたらいい、僕はそういうものだというふうに思っておりますので、余り難しい組織論よりは、ぜひ実体論の中で物が進んでいくようにお願いをいたします。 それと同時に、このグリーンツーリズム、何度も言っておりますように、都市住民にとっての意味合いももちろんあります。
しかし一方、地方自治の実体論からいいますと、それぞれの地域社会における連帯感、あるいは協働、ともに働こう、協力し合って働こうという精神、さらには地域の文化、芸術、伝統、こういったものに対する住民の意識というのが極めて薄くなってきている、こういった懸念も一方であるところでございまして、そういった意味では、今、この憲法論議を通じて地方自治をいま一度見直していく、大転換を図っていくという意味からも、私は意義
○中川(昭)委員 形式論としてはそうだと思いますけれども、実体論としては、私は、あくまでも占領政策の一環としての憲法という位置づけで考えるべきだと思っています。
日本でも憲法二十七条、二十八条で勤労の権利や労働基本権が定められているわけですが、その実体論としては、例えば裁判闘争やりましても、関西電力でのいわゆる思想差別事件というのが最高裁で大変、これは一応労働者側が勝訴したんですが、二十五年以上の裁判をやる。女性差別の問題でも大変、芝信用金庫の事件などでも大変な時間が掛かる。
制度論というよりも、例えば実体論、実体法の問題かもしれませんけれども、例えば一国民が人権上侵害されたと。やはりスピーディーに救済されていくということが大事だろうと思いますけれども、例えば松本サリン事件の河野さんのような、本当にもう一国民が無防備状態になってしまったと。
それなのに、大企業の取締役だけその責任が軽減されるというのでは、法律論としてはわからないではないですが、実体論としては明らかに不公正であります。 本当に株主代表訴訟における取締役の責任を軽減するのであるならば、中小零細企業における経営者の個人保証の問題にも同時に対処すべきであると考えますが、総理の御見解はいかがでしょうか。
しかし、それが現実にできる保証があるかというその実体論になりますと、これはやっぱり適切な検査とかモニタリングとか、そういった早期発見、早期是正というような破綻を未然に防止することがまず行われなきゃなりませんけれども、そういうことを通じて、日常から監督当局それから預金保険機構、こういったものが緊密に連絡を取り合うような体制ができ上がっていなければならないと思います。
しかしながら、ここで法制化するということは、つまり慣習でこのように持ってきた、一種スポーツ大会のようなところで掲げられる国旗、あるいは相撲の終わりに歌われる君が代というふうな意味での慣習化した国旗・国歌というふうなものについては、そのままこれで、それをやめろとかあるいは続けろというふうな議論は実体論的にできないというふうに思っています。実効がある手段とは思えません。
これは各党の先生もよく御理解いただきたいと思いますが、私は、実体論として、この憲法体系の整備をできないということになれば、日本はもう一回占領されなきゃ憲法を変えることはできないという、こんな悲劇になると思うんです。私はそういうふうに思っています。
これは実体論であります。 その反面、委員が御指摘のように、私が例えば事務次官なり刑事局長に話をして、じゃあなた、こういうふうに検事総長のところに行って指揮してきてくれということを頼む、これは代理論ですね、これはやることはできます、論理的には。そういう指揮は私はそういうことはやらない。
○国務大臣(中村正三郎君) 委員は専門家でいらっしゃって、私はしがない法律を学んできた者でありますので、釈迦に説法というか余り申しわけないこと言えないわけですが、委員は法律の定めと実体論とを一緒にして御論議になっているような気がいたすんです。 私が指揮する相手は検察庁法十四条で制限が加えられている。個々の事件に関しては検事総長のみしか指揮できないという厳然たる事実があります。
○国務大臣(中村正三郎君) 今言われたのは指揮の実態に関する私の考え方であって、ですから、それは私はあのとき素直に十四条を読んで重く受けとめて行動いたしますということを言ったので、だれでもそれは、例えば私が私の秘書官を呼んで行ってこいと言ってもいいのかどうか、これは実体論が含まれてくると思いますが、うちの幹部に対して、頼む、検事総長のところへ行って私がこういう指揮をするから、これは仮定の問題でございますよ
したがいまして、この制度の目的ということと、結果としてどうなるかということもまた、いわば法律の実体論と解釈論という違いがございますけれども、私どもとして、この法制度の趣旨としましては、確かにHDTVによる参入というのはなかなか難しいところがあろうかと思いますけれども、せっかく我が国が獲得した四つの中継器の可能性でございますから、結果としてどうなるかは別として、制度としてはより多くの新しいビジネスチャンス
しかし、政治的、道義的に判断をした実体論から申し上げますと、それはやっぱり当時の力関係の背景というものを考えた場合に、決して平等に結ばれたものではないというふうに私は思いますし、植民地支配があったという現実はこれは否定し得ない事実でありますから、その植民地支配の現実というものを直視して、そして厳しい反省をした上でおわびするところはおわびをすべきだというふうに申し上げた次第であります。
○岡田委員 ちょっと法律の問題を離れて、実体論として少しお話ししたいと思うのですが、まず、この自衛隊法は、刑法三十六条、三十七条に該当する場合以外は勝手に個々の隊員の判断で武器を使用してはいけない、こういうことになっていますね。
○衆議院議員(大島理森君) 組織的運動管理者ということでございますが、普通、選挙ということの実体論を考えますと、参議院の選挙もそうであろうと思います、また私どもの選挙もそうであろうと思いますが、いわば人的な一つの組織でもって行う、後援会でもそうでございますし、あるいはまたいろんな組織をつくってそして選挙をやっていく、そういう中で一つはヘッドクオーター的な役割をする人たちがおります。
そこで、結局そういう議論が出てくるというのはどこにあるのかという実体論に移りたいと思うんですが、結局、御心配なのは、憲章上の集団安全保障機構、このメカニズムの発動について憲法に抵触することがあると思っておられるんですか。総理。
先生おっしゃるような、実体論としてそういう支部が一つの市に幾つもたくさんできるというようなことが政党の組織論として出てくるかどうか私は疑問に思いますけれども、そういう問題は横におきまして、法律論としてはできる、こう申し上げているところでございます。
各政党がこれから本部の規約等を準備いたしまして、どういう組織論をつくるのか、それがどういう組織の実体をつくるのか、一つの区域に何百、何千の支部をつくるのか、そんなことができるのかできないのか、そうした政党の実体論というものを今度の法律に沿って私はそれぞれの政党が研究するということになってくると思います。
それは政党の実体論、組織論でありまして、各政党がどのような組織論をこれからつくっていくかということにかかるテーマによるものと思っています。