2020-11-11 第203回国会 衆議院 内閣委員会 第2号
○森山(浩)委員 私は、学生時代にカンボジアの学校建設、これに連れていっていただいたのが、国家安全保障室長、初代であります佐々淳行先生なんですけれども、佐々さんがよくおっしゃっていたのが、日本人は、すぐに縁起でもないことを言うなという形で、最悪の事態を想定するのが非常に苦手だという話がありました。
○森山(浩)委員 私は、学生時代にカンボジアの学校建設、これに連れていっていただいたのが、国家安全保障室長、初代であります佐々淳行先生なんですけれども、佐々さんがよくおっしゃっていたのが、日本人は、すぐに縁起でもないことを言うなという形で、最悪の事態を想定するのが非常に苦手だという話がありました。
南北の間の平昌オリンピックを媒介とする交流の始まり、そこから北側そして南側の特使が相互に訪問するというような事態になったわけで、その結果をもって、鄭義溶国家安全保障室、大統領府のですかね、大統領府の国家安全保障室長が情報院の院長とともにワシントンを訪問するというようなことになったわけであります。
○国務大臣(河野太郎君) 今おっしゃっているのは、九月の三日でしょうか、鄭義溶韓国大統領府国家安全保障室長が、北朝鮮が核・ミサイル計画を完全かつ検証可能で不可逆的な方法で放棄するよう、北朝鮮を完全に孤立させるための安保理決議の推進などあらゆる外交的方法を講じていくこととしたと述べたというふうに承知をしております。
「重要施設上空はレーダーで監視するなどの対策が必要なのかもしれない」というふうな意見があったりとか、あるいは、初代の内閣安全保障室長の佐々氏はこういうふうに言っていますね。「四十年以上前から無線操縦装置を使った空からの襲撃が想定されていたのに、いまだ警備体制が不十分だと明らかになった」というようなこともおっしゃっております。
一番大事なのは周辺国でありまして、先週二十二日の新聞によると、谷内国家安全保障局長が訪韓し、金寛鎮国家安全保障室長と会談し、ガイドライン見直しを説明したとありました。谷内局長に対して金氏は、周辺国の懸念を反映し、透明性を持って行われるべきだと求めたと新聞報道でありました。
○和田政宗君 これは元内閣安全保障室長の佐々淳行さんなどが新聞で言っていることですけれども、秘匿性の高い情報を政治家が新聞記者に情報を漏らしてしまうために外国から信用されない、この法案の最も大きい意義は政治家に守秘義務を課せられるようになることだと発言をしております。
こうした中で、今、即戦力をつくろうとすれば、警察から出向して海外勤務をしている外事警察官二十四人、防衛駐在官四十九人に内閣情報官を兼務発令し、外交官、警察・防衛駐在官、そして内閣情報官の三枚看板を与えて堂々と各国情報機関にリエゾンを申し込ませ、その協力関係を政府答弁で堂々と正式に認めたらどうか、このようなことを初代内閣安全保障室長の佐々淳行さんが月刊誌の論文の中で提案をされておりました。
………………………………… 議員 中川 正春君 議員 三日月大造君 議員 吉田 泉君 参考人 (東京大学地震研究所地震予知研究センター長・教授) 平田 直君 参考人 (早稲田大学理工学術院教授) 濱田 政則君 参考人 (初代内閣安全保障室長
本日は、本件調査のため、参考人として、東京大学地震研究所地震予知研究センター長・教授平田直君、早稲田大学理工学術院教授濱田政則君、初代内閣安全保障室長佐々淳行君、京都大学大学院教授藤井聡君、以上四名の方々に御出席をいただいております。 この際、参考人各位に一言御挨拶を申し上げます。 本日は、御多用のところ本委員会に御出席を賜りまして、まことにありがとうございます。
初代内閣安全保障室長を務めた佐々淳行氏は、自著の中で、内閣情報調査室は目も耳も弱い、手足もないのだから、とても国際水準の情報機関とは言えない、予算も二桁ほど違うとおっしゃり、また、国際的なインテリジェンスコミュニティーにおいて内閣情報調査室の存在意義はほとんどない、諸外国の情報機関に相手にしてもらえない、コミュニティーのメンバーとして認めてもらえるのは警察庁警備局公安課や外事課といった部署であると述
ミグ25を送り返すのは輸出だから通産省だといって、たらい回しにするという話を佐々さん節でおもしろくおっしゃっているんですが、しかし、初めての内閣安全保障室長を務められた佐々さんの話は傾聴に値すること多々あるのか、このように思います。 その上で、先ほどボトムアップからトップダウンの方式というお話をされたわけでございます。五室ができたけれども、その後、課題も多かった。
警察庁というのは何をやるところですかということを人事の担当の方に聞いたんですが、これはまず芳賀先生にお尋ねしたいんですが、そこで渡されたのが一冊の本で、後に安全保障室長になられました佐々淳行さんの「危機管理のノウハウ」という本でした。 それをぱらぱらめくってみましたら、安全な航空会社はどういうところに乗るんだ、事故を起こしたところに乗れと。
ただ、私たちも、今のままの体制でいいのかとなりますと、これまでの危機管理監を経験された方、あるいはまた安全保障室長を経験された方、いろいろな方々の御意見等も参考にしましたけれども、やはり心もとない点も、正直言って、ないわけじゃございませんでした。
初代の内閣安全保障室長を務められた佐々淳行さんからでございました。三矢研究以来、私は四十年待ったんだ、本当に感涙にむせんでいるんだ、どうもありがとうと、私のところへまで祝電が来ました。私は、本当にその祝電を見ながらじいんときたんです。 我が国が、一九五三年にジュネーブ諸条約に加入しながら十分な国内法整備をしてこなかった。また、一九七七年の追加議定書についても、これまで締結することができなかった。
海外でそれなりに危険な地域で活動するわけですから、国際的なそういう基準があるべきだと、こう思うわけでございまして、佐々元内閣安全保障室長も当調査会でこのようにおっしゃっております。
内閣安全保障室長のときにも第三分類をやりました。 その意味で、大きな転機はやっぱり九月十一日と北朝鮮、ノドン、核開発、拉致問題だったと考えております。ある意味では、有事法制、いわゆる武力事態対処法だけが通ってしまったことは甚だ残念に思っております。 実は、時間がなくて今回申し上げられませんでしたけれども、二十世紀の危機というのは、戦争と革命だったんですよね。
山口那津男君 宮本 岳志君 吉岡 吉典君 吉川 春子君 松岡滿壽男君 大脇 雅子君 事務局側 憲法調査会事務 局長 桐山 正敏君 参考人 元内閣安全保障 室長
本日は、「平和主義と安全保障」のうち、「憲法と緊急・非常事態法制」について、元内閣安全保障室長の佐々淳行参考人、早稲田大学法学部教授の水島朝穂参考人及び同志社大学法学部助教授の村田晃嗣参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多忙中のところ本調査会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございました。
本日は、現在審議中のいわゆるガイドライン法ほか三法について、かつて防衛庁、内閣安全保障室長として十二年間安全保障問題に政府委員として取り組んでまいりました者として所見を申し述べたいと存じます。
内閣安全保障室長初代を仰せつかりまして、起こり得べき危機ということでもって、ハイジャック対策だとかミグ25亡命対策だとか大韓航空機撃墜事件とかいろいろやりました。そのケースケースでもってつくっていくと切りがないんですね。
これについても、平成九年の十一月二十日、ガイドラインが成立した二カ月後ぐらいの安全保障委員会で、今は事務次官をされています当時内閣安全保障室長であった江間さんに質問をしたことがあるのです。
○猪熊重二君 危機管理監というと、通常、自然災害、阪神・淡路大震災じゃないけれども、やれ地震だ大火事だとかそういう自然災害とか、あるいは人為的な災害、安全保障室長が今言われたような船舶の衝突だとか航空機の問題だとかいろんな問題があります。
内閣参事官 兼内閣総理大臣 官房人事課長 洞 駿君 内閣官房内閣内 政審議室長 兼内閣総理大臣 官房内政審議室長 竹島 一彦君 内閣審議官 坂野 泰治君 内閣官房内閣安 全保障室長 兼内閣総理大臣 官房安全保障室長