そこで私は今日委員会でいろいろ御相談を願いました結果、この際日本國内に封建的な思想を拂拭して、民主化の促進のために確立されているところの不当財産委員会の権威をさらにいやが上にも國民をして十二分に知らしめ、当委員会の委員諸君もともに自覚を新たにしてこの運営に当つていくことが、この目的達成の重大な要義でありますから、私はたとえ私自分がこの手紙を書いたものではなく、もとよりこれは書生や子供たちの書いたものでありましても
消極的の應援とでも申しますか、そういうことを言うておられるから、全党一致ではないが、まあいいではないかというようなことから、子供も少しよくなりつつありましたので、三月の初旬に決心をいたしまして出て十四日に辞令をちようだいいたしまして、さあどこへ引越すかということで行先からあわてなければならぬというようなことになりまして、当時戰爭時代に疎開になるべく目されておつた家に一時総務部長がはいつておりましたのですが
それは私どもの子供が東京の学校に參つておりますときに、たいへんお世話になつた方でございます。その関係で古くからお心やすくしておりますものですから、その方のことじやないかと思います。もう福岡においでになりますたびにうちにお休みになります。
それからこう一つ函館の特殊條件は、舞鶴は兵隊が多いが、函館の方は子供を沢山連れて來る、殊に「はしか」の患者が非常に多い、現在病室が足りないので、普通の収容所の一部を病室に充てておる状態であります。こういうことろを考えると函館の國立病院を拡充するか、或いは引揚収容施設に特別の病室をもつと急造するか、これは非常に急務のように考えられます。それだけちよつと御報告して置きます。
ところがそれに引きかえまして函館に参りまして、もう数日前でございますが、引揚船に乗船して見たのですが、これは引揚者でもあり、荷物も多数だし、そこへまして子供が多いのですから、そういう関係でどうしてもその船が汚れ勝ちになる。当時この点につきましては船長にも事務長その他船員の方々にも簡單にお話はして置きましたが、又船長その他船員諸君はよくやつておられるのです。
ことにその引揚者の中には子供が多いのです。少なくとも一家族に対して平均五人ぐらいの子供があるのです。それで、各寮を廻つて見ましても、子供は非常に詰らなそうな恰好をしておるのです。で、丁度この文部省におきましてそういうふうな点があることだから、この子供に一つ重点を置いて頂きたいということを、一つ強調して置きたいと思うのです。
いま一つは懲罰委員長の自動車に事故がございまして、これは委員長が乗つておりませんときでございますが、子供を轢いたのであります。結局四万円の見舞金を出しましたが、今後約二箇月入院の予定で、その費用を約三万円と見積つております。
從つて私は届出当時の幹事長がこの責任を負うべきか、あるいは政令第三百二十八号の附則によるところの虚僞の届出をしたことになるのですが、この面においてだれが責任を負うかという公式の面の判断をあなたに求めておるのであつて、これが違うというのは少々子供じみておると思うがどうでしようか。
○証人(齋藤正久君) 私は第一回の選挙が終りましたときに、選挙も終つたが、君は一体これからどうして女房や子供その他を食わして行くかという具体的な、話になつて、私は前に小さいときから古物商に年期奉公をしたので役所は辞めたし、戰敗國の日本から恩給を貰おうとは思わんし、とにかく年期奉公した古物商をしたいといつたのですが、取敢ず時世が落着くまで本願寺の地下の戰災者更生会に來てくれんかという話があつて、とにかく
頂載の仕方は私共直接頼んだのでなく、細君か誰かが頼んで子供が後から行つて、病院から離れておりますから後から持つて來ました。その持つて來たのを牧野内氏と私が持つておりました。直ちに判事と会うべく私と牧野内氏が行きました。もう判事が歸つたという書記の話でありました。それでできるだけ弁護士として方法を作らなければならないと、櫻井主任檢事に会うべく行つたら、櫻井主任檢事もいない。
ただ聞くところによると、細君の前の主人との分れるときに前の主人の子供を三人連れて來ておる。そうして眞木と結婚している。その三人を連れて來るに、分れたとき相当の財産を貰つて來てその財産で生活をしておつたんだということを眞木の細君や家族の者から聞いたことがありますが、それ以上眞木の財産はどんなものであるか、家族の財産がどんなものであるかということは私は知りません。
○証人(眞木キヨ君) 事情というと別にございませんが、私も子供を三人抱えておりまして生活が困つていた。困つていたということもございませんが、この三人を面倒をみて呉れる眞面目な人、そうした眞面目な人だと思つたから、子供を養育して頂こうと思つて結婚したのであります。
○証人(眞木キヨ君) 私に籍に入つておりませんけれども、酒井の子供ですね。三人です。酒井から籍を貰つて來ましたものですから、稻田という私の里方の姓になつております。稻田という姓になつて、子供を三人連れて來ております。
○証人(眞木キヨ君) 私は眞木家へ來るときはトラツクに八、九台のもの、子供の養育費です。酒井家から出ます子供の養育費としましていろいろな骨董品に等しいものとか衣類とか何とかいろいろな物を貰つて、トラツクに九台くらい貰つて來たのです。
○栗田證人 そういうことはありませんし、そんな子供をだますようなことで、ひつかかるような私じやありません。
國家方針をとるというところに、これは公正な立法技術からいつたら基本的な問題であつて、もう一ぺん法の考え方を根本的につくり直してかからなければならないようなことさへ思われるのでありまして、ひがんで見ると、今のような力がようやくできようとする生々発らつたる氣構えの單位組合に向つて、双葉を摘み切るようなこの処置に対しては、反対せざるを得ない、どこにこういう根拠があるかということは、できもしない、生れもしない子供
私の子供がはいつておりますけれども、これは私が入れたのでもなく図書館から要望があつてはいつたと私は信じております。私はただ承諾を與えただけのことであります。
○有田委員 今度の憲法によりまして、家庭制度がなくなつて、自分の子供が他の世帶にいるというような場合におきましては、これを代理人にすることができないのでありますかどうか、承りたいと思います。
先程から申上げております通り、併しこれは一面においては人間の或る本能的なと申しますか、子供が三四人おつてもじやんけんして或る射倖をやるというふうなこと等がございまして、なかなか理想と現実とはうまくマッチしない点があります。
子供も同様でありまして、從つてそういうようなことを生活の雰囲氣から申しますと、実は富くじ関係のものは率直に申しまして非常に嫌いなのであります。これはまあこういうもので資金の吸收が早められ、又一方において必要なる財政資金、産業資金の吸收がこれによつて行われるとすれば、弊害のあることも今の段階においては止むを得ない。
又一委員よりは、子供の日は子供を主体とした日で、いわゆるリーガル・ホリデーとしては世界に例のないことであり、如何にも新らしい日本の國にふさわしい祝日である。本法案に賛成であるという発言もありました。又一委員よりは、國民の輿論は紀元節の存置、又これに代る建國の日のごとき祝日を創れという声が大きかつたのでありますが、今この法案を見ると、国民自身を祝う日はあつても、自分達の生れた祖國を祝う日がない。
一軒の家の妻や夫、子供や母だけではなく、日本中の行き交う人の言葉となつて、その日に現れるように、そういう行事がここに生まれることを、私は念願するのでございます。子供の日、この日はもう、私今までの自分の職業から胸がわくわくするような氣持がする。こんな行事も拵えたら、あんな行事もしたらいいだろう。定めし綺麗な世の中が生まれるだろう。子供の樂しい日ができるだろう。
中にはまだ阪神の方にもあるかも知れませんが、子供瞞しのように資金を入れたら資金は何ぼでもよいとか、或いは文句さえ書いて置けばいいという考えではなしに、どうしても北海道、東北六縣、或いは阪神の中にも一縣程あると思うのでありますが、それを入れたものによつて十分に計画を立てて、そうして万遺憾のないようなことにして、初めて生産が確保できるのでありますから、この点は十分に又とお願いをしなくとも、しつかりと政府
留守の妻が数名の子供を抱えて、ささやかなる飲食店をもつていたのですが、今生活窮迫のどん底に陥つているような状態を見ておるのであります。これらの営業溝の生活状態を見て、まつたく御同情にたえないのであります。東北六縣だけにおいて十七万戸といいますが、全画には約三十七万戸もかような営業者があると聞いております。
本請願の要旨は、徳島縣婦人有志は子供をもつ未亡人の生活を改善するため、保育所並びに母子寮の増設等に努力をしているが、資金が乏しいためその実現ができない状態である。ついては本事業に対して高率の國庫補助をされたいというのであります。
本請願の要旨は、現在の生活扶助費では何の資産もなく働き手を失つて多くの子供をかかえている者の生活はできない。ついては生活扶助費を増額されたいというのであります。
又一つはインフレの波を泳ぐ、これも特に所によつては軒を並べて、時には数名の妾、数名の子供を持つておる者があります。これらに対しても課税法、名称がなかなか、困難でありましようが、第一住宅税とか、第二住宅税とでもして、重税を課すべきだと思います。その他鉱工業(「うまいぞ」と呼ぶ者あり)方面にも種々の財源がある筈と思います。
この九つは、先ず年のはじめ、それから國家、憲法、天皇、祖先、同胞、青年、子供、生物、自然という工合に、一連の繋りを持たせ、廣い意味の文化というもので結んであるのでございます。これらの日につきまして、一々説明をいたしますと、何でございますから、その中成人の日と、文化の日についてだけ簡單に申上げたいと思います。成人の日、成人という意味は、大人に成るということでございます。