1992-03-11 第123回国会 衆議院 予算委員会第一分科会 第1号
あの試射につきましては、地元の奈義町長さんからの御要望もございまして、停弾堤に撃ち込みました場合に、破片がどの辺の範囲まで飛散するかということを調べたわけでございます。その結果、大体飛散する範囲がわかったわけでございます。ここまで御説明申し上げました。
あの試射につきましては、地元の奈義町長さんからの御要望もございまして、停弾堤に撃ち込みました場合に、破片がどの辺の範囲まで飛散するかということを調べたわけでございます。その結果、大体飛散する範囲がわかったわけでございます。ここまで御説明申し上げました。
○小池政府委員 奈義町長さんにおかれましては、町の議会当局でございますとかあるいは地元の住民の方々でございますとか、そういった方々とよく御協議されまして、そして私どもとこの覚書を結ばれたというふうに聞いておりますし、そのように理解をいたしております。
○小池政府委員 この覚書につきましては、相手があることでございますので、相手でございます奈義町長さんと相談をさせていただきたいと存じます。
奈義町長に私お尋ねしましたが、私は興奮しておったかどうかもわからない、いるかいないかも、私どういうふうに判断したかわからない、あの司令に対して承諾したかしなかったかも記憶してない。こういうまるで人間喪失の状態になっておったというふうな返事で、それ以上聞くと、あなたは検事かというような聞き方をしておりました。一体、この発射の承諾ですね、すでにこの中に人はいないという、実弾を撃ち込むわけですから。
○政府委員(江藤淳雄君) 日本原には、昭和三十六年に現在の戦車部隊が配置される際にいろいろ問題があったわけでございますが、その後、戦車部隊を配置するにあたりまして、昭和四十年に至りまして、演習場の使用につきまして、地元の奈義町長、勝北町長、県知事、防衛庁としましては現地の名古屋防衛施設局長並びに西部方面総監の間で、演習場使用に関する協定が結ばれております。
○山下(武)政府委員 今のお話しのありましたように、三十二年の十一月二十六日付をもちまして、防衛庁大阪建設部長と岡山県勝田郡勝央町長、同じく勝北町長、同じく奈義町長、この四者の問に確認書が取りかわされておるわけであります。