1975-01-17 第75回国会 参議院 運輸委員会 第2号
私は太平洋海運株式会社の佐野専務さんと全日本海員組合の組織局主任の多筥さんにお伺いしたいと思います。 私はかねてから、一九七二年の三月でしたか、インドネシア政府がロンボクを回ってくれということを盛んに主張していたことを記憶しているのであります。
私は太平洋海運株式会社の佐野専務さんと全日本海員組合の組織局主任の多筥さんにお伺いしたいと思います。 私はかねてから、一九七二年の三月でしたか、インドネシア政府がロンボクを回ってくれということを盛んに主張していたことを記憶しているのであります。
外務省アジア局 次長 中江 要介君 運輸大臣官房審 議官 中村 四郎君 運輸省船員局労 働基準課長 松尾 道彦君 運輸省船員局船 舶職員課長 星 忠行君 海上保安庁水路 部参事官 庄司大太郎君 参考人 太平洋海運株式
運輸事情等に関する調査のうち、マラッカ海峡における祥和丸座礁事故に関する件について、本日、参考人として、太平洋海運株式会社専務取締役佐野稔君、同じく海務部長菊田清平君、全日本海員組合組織局主任多筥良三君の出席を求めることに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○国務大臣(綾部健太郎君) 先ほど大倉委員から御注意ありました、今朝午前十時四十九分に、鶴見信号所より二百五十一度、百五十メートルの地点、すなわち京浜運河鶴見防波堤付近で、太平洋海運株式会社所有の祥和丸一万二千九百七十四トン、乗組員船長竹澤鍾以下四十三名、積荷は原油が二万四百九十五キロリットル、五月十七日スマトラ出港と、松本せい所有三友運輸株式会社扱いの第八大洋丸百二トン、乗組員三名、積荷は重油百八十
大蔵大臣の小笠原三九郎君は太平洋海運株式会社の社長でございます。厚生大臣の山縣勝見君は新日本汽船株式会社の社長であり、農林大臣の内田信也君は明治海運株式会社の取締役会長でございました。
このことは過日も申上げましたが、私が第四次吉田内閣の農林大臣になつたときに極洋捕鯨株式会社と、太平洋海運株式会社の両方の社長をいたしておつたのであります。農林大臣でありまするから、直接な関係があるところより極洋捕鯨株式会社は即日辞職いたしましたけれども、太平洋海運株式会社は何ら職務上の関係がないから引続き許可を得てやつておつたのであります。
○横路委員 次に、私は小笠原大蔵大臣にお尋ねいたしますが、小笠原大蔵大臣は、先般の決算委員会においでになられ、そうして二月十一日新聞等によりますと、太平洋海運株式会社の取締役社長を今回辞任されたそうでございますが、私は新聞で拝見いたしたものでございます。何か理由がございましたならば、おさしつかえなければお聞かせをいただきたい。
一つは海洋捕鯨株式会社の社長、一つは太平洋海運株式会社の取締役社長でありましたが、農林大臣になつたので、直接の官庁であるから海洋捕鯨株式会社は即日辞職いたしました。しかし太平洋海運株式会社は何ら関係がございませんので、これは今のように正式に手続を経まして、特に承認を得てそのまま残つておつたのであります。