1949-11-21 第6回国会 衆議院 外務委員会 第5号
当製鋼所は、昭和二十一年十月大阪軍政部より操業を許可され、電気炉工場、線材工場、中型工場の操業を始め現在に至つておるのであります。熔鉱炉が稼働すれば一基千二、三百人の従業員を必要とするということでありました。 次に神戸の川崎重工業株式会社艦船工場を視察いたしました。
当製鋼所は、昭和二十一年十月大阪軍政部より操業を許可され、電気炉工場、線材工場、中型工場の操業を始め現在に至つておるのであります。熔鉱炉が稼働すれば一基千二、三百人の従業員を必要とするということでありました。 次に神戸の川崎重工業株式会社艦船工場を視察いたしました。