1971-01-22 第65回国会 参議院 本会議 第2号
長らく病気のため御静養中でありました参議院議員従三位勲二等故大谷贇雄君は、旧臘二十三日、七十歳で逝去されました。私ども同僚議員としてまことに痛惜の至りにたえません。ここに各位のお許しを得まして、同君の生前を回想し、つつしんで哀悼の辞をささげたいと存じます。
長らく病気のため御静養中でありました参議院議員従三位勲二等故大谷贇雄君は、旧臘二十三日、七十歳で逝去されました。私ども同僚議員としてまことに痛惜の至りにたえません。ここに各位のお許しを得まして、同君の生前を回想し、つつしんで哀悼の辞をささげたいと存じます。
—————・————— 昭和四十六年一月二十二日(金曜日) 午後二時三分開議 ━━━━━━━━━━━━━ ○議事日程 第二号 昭和四十六年一月二十二日 午後二時開議 第一 国務大臣の演説に関する件 ━━━━━━━━━━━━━ ○本日の会議に付した案件 一、請暇の件 一、故議員任田新治君に対し弔詞贈呈の件 一、故議員任田新治君に対する追悼の辞 一、故議員大谷贇雄君
○議長(重宗雄三君) 議員大谷贇雄君は、昨年十二月二十三日逝去せられました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。 同君に対しましては、すでに弔詞を贈呈いたしました。 ここにその弔詞を朗読いたします。 〔総員起立〕 参議院は議員従三位勲二等大谷贇雄君の長逝に対しましてつつしんで哀悼の意を表しうやうやしく弔詞をささげます —————・—————
本委員会委員大谷贇雄君は、去る十二月二十三日逝去いたされました。まことに哀悼痛惜にたえません。ここに委員諸君とともにつつしんで黙祷をささげ、哀悼の意を表わしまして御冥福をお祈り申し上げたいと存じます。 どうぞ御起立願います。黙祷を願います。 〔総員起立、黙祷〕
委 員 部 長 若江 幾造君 記 録 部 長 西村 健一君 警 務 部 長 植木 正張君 庶 務 部 長 上野山正輝君 管 理 部 長 前川 清君 渉 外 部 長 西宮 信安君 法制局側 法 制 局 長 今枝 常男君 ————————————— 本日の会議に付した案件 ○議員大谷贇雄君逝去
議員大谷贇雄君逝去につき弔詞贈呈に関する件を議題といたします。 本院議員大谷贇雄君には、去る十二月二十三日、縦隔洞腫瘍のため、名古屋市立大学病院において逝去されました。まことに哀悼のきわみに存じます。 本院といたしましては、お手元の資料のとおりの例文によって、弔詞を贈呈することに理事会において意見の一致を見ております。 右理事会申し合わせのとおり決定することに御異議ございませんか。
大谷贇雄君から、病気のため会期中の請暇の申し出がございました。 これを許可することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
昭和四十五年十一月二十五日(水曜日) 午前十一時三十三分開会 ————————————— 委員氏名 委員長 楠 正俊君 理 事 田村 賢作君 理 事 永野 鎮雄君 理 事 杉原 一雄君 理 事 安永 英雄君 大谷 贇雄君
————————————— 委員氏名 委員長 徳永 正利君 理 事 佐藤 隆君 理 事 鍋島 直紹君 理 事 船田 譲君 理 事 小柳 勇君 理 事 矢山 有作君 理 事 田渕 哲也君 大谷 贇雄
昭和四十五年五月六日(水曜日) 午前十時三十分開会 ————————————— 委員の異動 四月二十八日 辞任 補欠選任 剱木 亨弘君 土屋 義彦君 植木 光教君 大谷 贇雄君 四月三十日 辞任 補欠選任 大谷 贇雄君 植木 光教君 土屋 義彦君 剱木 亨弘君
昭和四十五年五月六日(水曜日) 午前十時四十三分開会 ————————————— 委員の異動 四月三十日 辞任 補欠選任 植木 光教君 大谷 贇雄君 剱木 亨弘君 土屋 義彦君 五月四日 辞任 補欠選任 須藤 五郎君 小笠原貞子君 五月六日 辞任 補欠選任
四月三十日、植木光教君及び剣木亨弘君が委員を辞任され、その補欠として大谷贇雄君及び土屋義彦君が、五月四日、須藤五郎君が委員を辞任され、その補欠として小笠原貞子君がそれぞれ委員に選任されました。 —————————————
昭和四十五年四月二十八日(火曜日) 午前十時九分開会 ————————————— 委員の異動 四月二十七日 辞任 補欠選任 松下 正寿君 萩原幽香子君 四月二十八日 辞任 補欠選任 大谷 贇雄君 植木 光教君 土屋 義彦君 剱木 亨弘君 —————————————
本日、大谷贇雄君及び土屋義彦君が委員を辞任され、その補欠として植木光教君及び剱木亨弘君が選任されました。 —————————————
昭和四十五年四月二十三日(木曜日) 午前十時九分開会 ――――――――――――― 委員の異動 四月二十二日 辞任 補欠選任 長屋 茂君 宮崎 正雄君 鬼丸 勝之君 大谷 贇雄君 ――――――――――――― 出席者は左のとおり。
昨二十二日、鬼丸勝之君及び長屋茂君が委員を辞任され、その補欠として大谷贇雄君及び宮崎正雄君が委員に選任されました。 ―――――――――――――
昭和四十五年四月二十三日(木曜日) 午前十時二十三分開会 ————————————— 委員の異動 四月十八日 辞任 補欠選任 増田 盛君 今 春聴君 長屋 茂君 青木 一男君 玉置 猛夫君 津島 文治君 四月二十日 辞任 補欠選任 鬼丸 勝之君 大谷 贇雄
昭和四十五年四月二十一日(火曜日) 午前十時五分開会 ————————————— 委員の異動 四月二十日 辞任 補欠選任 大谷 贇雄君 鬼丸 勝之君 宮崎 正雄君 長屋 茂君 萩原幽香子君 松下 正寿君 小笠原貞子君 順藤 五郎君 ————————————— 出席者は左
昨二十日、大谷贇雄君、宮崎正雄君、萩原幽香子君及び小笠原貞子君が委員を辞任され、その補欠として鬼丸勝之君、長屋茂君、松下正寿君及び須藤五郎君が委員に選任されました。
昭和四十五年四月十七日(金曜日) 午後一時二十分開議 ————————————— 委員の異動 三月二十六日 辞任 補欠選任 大谷 贇雄君 山本敬三郎君 四月十四日 辞任 補欠選任 須藤 五郎君 渡辺 武君 四月十六日 辞任 補欠選任 渡辺 武君
去る三月二十六日大谷贇雄君が委員を辞任され、その補欠として山本敬三郎君が選任されました。 —————————————
大谷贇雄君から病気のため二十九日間請暇の申し出がございました。 これを許可することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
大谷贇雄君から病気のため二十二日間、小笠原貞子君から病気のため三十日間、西郷吉之助君から海外旅行のため明十九日から八日間、内藤誉三郎君から海外旅行のため来たる二十日から二十日間、それぞれ請暇の申し出がございました。 いずれも許可することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
秀男君 松澤 兼人君 成瀬 幡治君 小林 武君 二月十四日 辞任 補欠選任 木内 四郎君 佐藤 一郎君 西郷吉之助君 藤田 正明君 植木 光教君 内田 芳郎君 木村 睦男君 江藤 智君 二月十七日 辞任 補欠選任 近藤英一郎君 大谷 贇雄
昭和四十五年三月三日(火曜日) 午後一時三十三分開会 ————————————— 委員の異動 二月二十六日 辞任 補欠選任 後藤 義隆君 大谷 贇雄君 ————————————— 出席者は左のとおり。
小柳 勇君 亀田 得治君 二月十四日 辞任 補欠選任 佐藤 一郎君 奥村 悦造君 土屋 義彦君 川上 為治君 二月十七日 辞任 補欠選任 山内 一郎君 中津井 真君 二月十八日 辞任 補欠選任 黒木 利克君 玉置 和郎君 大谷 贇雄
清一君 杉原 一雄君 小林 武君 田中寿美子君 二月十四日 辞任 補欠選任 斎藤 昇君 小林 武治君 平泉 渉君 土屋 義彦君 柏原 ヤス君 宮崎 正雄君 多田 省吾君 二月十八日 辞任 補欠選任 西田 信一君 大谷 贇雄
一月二十日、青柳秀夫君が委員を辞任され、その補欠として西田信一君が、今月十三日、川村清一君及び小林武君が委員を辞任され、その補欠として杉原一雄君及び田中寿美子君が、十四日、斎藤昇君、平泉渉君及び柏原ヤス君が委員を辞任され、その補欠及び久保勘一君の議員退職による欠員の補欠として小林武治君、土屋義彦君、多田省吾君及び宮崎正雄君が、十八日、西田信一君が委員を辞任され、その補欠として大谷贇雄君がそれぞれ委員
二月十三日 辞任 補欠選任 鈴木 強君 林 虎雄君 瓜生 清君 田渕 哲也君 二月十四日 辞任 補欠選任 土屋 義彦君 平泉 渉君 内田 芳郎君 植木 光教君 峯山 昭範君 浅井 亨君 二月十七日 辞任 補欠選任 大谷 贇雄
二月十七日、大谷贇雄君が辞任、その補欠として近藤英一郎君がそれぞれ選任されました。 —————————————