1951-11-27 第12回国会 参議院 予算委員会 第23号
大蔵大臣來ておりますが……。
大蔵大臣來ておりますが……。
○池田國務大臣 來年度の國民所得の税の見積り並びに所得税の見積りにつきましては、ただいま檢討中であるので今お答えするわけに行きません。ただ私といたしましてはできるだけ減税をいたしまして、國民の負担を軽くしようと日夜努めておるのであります。
○池田國務大臣 來年度よりは、國と地方の財政をすつきりするように整備いたしたいと思います。從つてこれに関連いたしまして、災害復旧という大きい事業につきましては、國庫においてこれを負担するのが私は当然のように考えておりますので、昨日新聞記者に会いましたときに、私がこの方針を宣明いたしたのであります。今回の災害等におきましても、ある府縣には特にひどい。
さらに一月十八日文部大臣來寺の工事視察に際しても、古西氏は出席を求められなかつたのであつて、事務分担は事実上は浅野氏へ人の専横をまかされていたのであります。
○周東國務大臣 來年度の米、麦等の事前生産割当並びに供出割当等に関しましては、目下案を練りつつある最中であります。大体中央農業調整委員等の意見を聞き、また地方における作報等の意見を聞きつつ、一應の案を練りつつありますが、何を申しましても、今御指摘のように、今度初めての食糧増産臨時措置法によつてこれを措置するわけでございますので、その間にいろいろと問題があります。
○益谷國務大臣 來年度からきめまして、実行いたしたいという考えでございます。すでに総合開発計画がきまつて、建設省並びに安定本部の方へまわつておる縣も数縣あるのであります。從つて來年昭和二十四年度からその中の一部を実行いたして参りたいと思うのであります。先ほど申し上げましたのは、昭和二十四年度、すなわち來年度で全國の各都道府縣の計画が策定せられるということを申し上げたのであります。
論より証拠、内閣に列する直前までは行政整理の急先鋒として自他ともに許した民主党の北村徳太郎氏が、一たび大臣となるや、ために首切り大臣來るとばかり、そのおもむくところ鬼のごとく恐れられたが、一体どんな行政整理の実をあげたであろうか。逆に片山、芦田両内閣を通じ、行政機構は複雜化し、役人はその数を増したのが、現実の姿であります。
そのためにはやはり議会運営ということに、わざわざ大臣來られておりますから、もう少し政府の方でも一つ議会運営に力をいたして頂きたいということの希望を申上げて置きます。
○和田國務大臣 來年度から特別會計については、獨立採算制の建前から、それを貫きますために、何年間かの計畫を立て、たとえば資本勘定においては十五年、經理勘定においては七年といつた計畫を立てて、料金の値上によつて獨立採算制を貫いていくという建前に立つて、本年度では大體一般會計から特別會計の赤字を補うということもいたしたわけであります。