1994-11-02 第131回国会 参議院 国際問題に関する調査会 第2号
それで、今年度からは長安の都、かつての唐の都、大明宮を選んで、私も先週行ってまいりましたが、これをいよいよ日中で共同して、かつて遣唐使節が行った歴史的なところを、今やらないとだめになるということでやっております。 こういうふうに世界の大きな遺産リストに載っているようなのは各国が出て、日本でも文部省にユネスコ国内委員会があり、そういう議題が来ると代表部を通じて絶えずやっております。
それで、今年度からは長安の都、かつての唐の都、大明宮を選んで、私も先週行ってまいりましたが、これをいよいよ日中で共同して、かつて遣唐使節が行った歴史的なところを、今やらないとだめになるということでやっております。 こういうふうに世界の大きな遺産リストに載っているようなのは各国が出て、日本でも文部省にユネスコ国内委員会があり、そういう議題が来ると代表部を通じて絶えずやっております。
もちろん北方の日本的な建築もございますけれども、これはもうだんだん北の方の綿密な調査をやって参りますればなれて参りますので、その辺はさほど手間は取らぬだろうと思いますし、それからシナ風の建築は土壇がありまして、それに礎石だとかまたは土壇の周囲が石なんかでおそらく囲ってあったと思いますので、これらは唐の大明宮とか、あるいは渤海の上京あたりから出ましたものと似たようなものがどんどん出るのではないかと思うのでありまして
○原田参考人 宮殿には大てい庭園が所属しておりまして、たとえばシナの大明宮の例から申しますと、大液池という池がございまして、やはり宮中の一種の遊園の場所というふうになっておるわけでございます。その他にも、これはまた長安の宮殿の方ではなく長安京、広い都城の例でございますが、それの東南のすみ、そこには有名な曲工、これは都民の遊覧の土地で、そこにはたくさんの建物があったように語録に載っております。
今日、若干平城宮に関します資料をここへ持って参りまして、多少プリントしたものが、皆さん全般にはとうてい及びませんけれども、若干お回しすることができると存じますので、またそこに若干参考になる図を掲げておきましたし、話がそれに触れることと思いますが、満州の渤海国の渤海上京の遺跡に関する報告書並びに唐の長安の大明宮に関する報告書をそこに持って参りましたから、もしおひまがございましたらごらんを願いたいと思っております