1959-09-28 第32回国会 参議院 農林水産委員会 閉会後第6号
かくして岐阜県南濃県事務所を訪れ、所長の説明並びに要望を聞いたのでありますが、そのおもなものは、現在厚さ五センチから一メートルぐらいまでの土砂の堆積した部分が六十町歩ほどあるが、この堆積土砂をため池に運び、新たな耕地を作りたいこと、被災民は現金収入を得るために老人婦女を残し、遠くは奈良へ、また名古屋、大垣等の都市工場へ日傭となり、食い継ぎをしていること、六万石の減収となっていること、何とかして来春の
かくして岐阜県南濃県事務所を訪れ、所長の説明並びに要望を聞いたのでありますが、そのおもなものは、現在厚さ五センチから一メートルぐらいまでの土砂の堆積した部分が六十町歩ほどあるが、この堆積土砂をため池に運び、新たな耕地を作りたいこと、被災民は現金収入を得るために老人婦女を残し、遠くは奈良へ、また名古屋、大垣等の都市工場へ日傭となり、食い継ぎをしていること、六万石の減収となっていること、何とかして来春の
たとえば昨年火災のありました新潟市のその後の復興建築、あるいは熱海市あるいは最近も火災がありました大館、あるいは火災がありませんでも宇都宮とか沼津とか大垣等の都市につきましては、相当徹底した防火帯を作るように金融公庫等で努力をして、もらっておるような状況でございます。
それは一部では、大垣等におきましては人権擁護委員のかたもいろいろ調査を願つておりますし、又富士宮の工場等におきましても、特にこれは東京から婦人の人権擁護委員に調査に行つてもらいまして、これは婦人であるために、却つて会社側も安心して普通なら見られないところまで見せてもらえ、調査に非常に有利であつたというようなことも現われて参つておりますが、全体的に見ますと、人権擁護委員の動き方が確かに不活発であつたと