2002-11-20 第155回国会 衆議院 内閣委員会 第9号
○河村副大臣 児玉委員今御指摘の、少人数学級に対するそれぞれの地域での声、私も現実に、PTAの皆さんであるとか、いろいろなところへ参りますと、多人数教育のよさも認めながらも、これほど複雑多様な価値観の中で、子供たちの個性をしっかり引き伸ばすためには、やはり個人それぞれに合った教育が必要であるという声が高まっておることは承知をいたしております。
○河村副大臣 児玉委員今御指摘の、少人数学級に対するそれぞれの地域での声、私も現実に、PTAの皆さんであるとか、いろいろなところへ参りますと、多人数教育のよさも認めながらも、これほど複雑多様な価値観の中で、子供たちの個性をしっかり引き伸ばすためには、やはり個人それぞれに合った教育が必要であるという声が高まっておることは承知をいたしております。
一つは、多人数教育を少人数教育にして、質の高い講義とか演習ができるようにすること。これは、主として財政的な壁に関係いたしまして、なかなかうまくいっていないというのが実情だと思いますが、私どもの大学でもそうです。
日本の教師は、明治以来どちらかというと多人数教育になれておりまして、五十人、六十人の子供がいないと何か授業の気勢が上がらない。「わかったか」なんと言いますと、大勢の手がたくさん挙がって、「はい、はい」という声が多いと先生は満足するという形になる。
次に、放送大学が既存の大学に与える影響について、学問社会に清新さをもたらし、特に一般教育や多人数教育に対して大きな示唆を与えるとともに、単位互換等において単科大学に大きく貢献することになろう。ただ、単位の評価、認定をどうするかについては工夫の必要がある。
それから、これからも大学は人数多くなりますから、今後は非常に多人数教育ということが避けられないと思います。にもかかわらずその質を高めるということについては、その受講形態でもって一つの基準を設けられる、そういう方向をお考えいただきたいと思いますが、どうですか。
ベビーブームのころには多人数教育をどういうふううにしたらいいかという実験的な導入もいたしました。
ただし場合によると五年することができるというようなことがございますが、なおあの中に、直ちに五年にするよりは、教育内容なり教育方法の改善でさしあたってやっていくべきではないか、こういう意見が出ておりまして、いわゆる多人数教育、新式の教育方法の改善等が逐次大学で実現をされておる段階でございます。
○杉江政府委員 教官の入手難に対処して教育のあり方をどうするかという問題については、私は、一般的に言いますならば、私学はすでにいわゆる多人数教育をしておるのでありまして、これ以上に多人数教育をするということは、適当なことでもないし、望めないと思うのであります。ただ、現実に多人数教育が行なわれておるのでありまして、しかし、その多人数教育のしかたについては、改善すべき多くの課題があると思います。
○伊藤顕道君 この入学定員のワクを拡げるためには、大学の施設設備の拡充も必要でしょう、あるいはまた、合理的な多人数教育ということも加味されるでしょうし、さらにはまた、私立大学の拡充のための支援をするというようないろいろな問題が出てくるわけです。そのいずれにしても、もうこの段階で文部省に何かある程度の目安が立っていなければならぬと思う。
特に、いま文部省のほうにおいてもいろいろ研究を進めておられるようでありますが、四十二年度から理工学部におきまして、多人数教育の全面的な実施というものも考えておいでになるようでありますし、これは教育の方法の問題になるわけでありますけれども、そのほかに、定員の臨時的な増員の問題であるとか、あるいは大学の新設、学部、学科の増設という問題が取り上げられると同時に、私学の問題について、この際総合的な、抜本的な