1981-04-16 第94回国会 参議院 文教委員会 第8号
そうして第二次ウィルソン内閣においては、さらにジェニー・リーを国務大臣としてもっぱら文部省の放送大学推進に当たらせてきたのでありまするが、御承知のように、イギリスというところはオックスフォード、ケンブリッジによって代表されておるように、アカデミズムと申しますか、いわゆる象牙の塔式な大学ということを尊重する風潮の強い国でありまするから、労働党の人々も、もちろんそれから保守党の人たちも放送大学というのに
そうして第二次ウィルソン内閣においては、さらにジェニー・リーを国務大臣としてもっぱら文部省の放送大学推進に当たらせてきたのでありまするが、御承知のように、イギリスというところはオックスフォード、ケンブリッジによって代表されておるように、アカデミズムと申しますか、いわゆる象牙の塔式な大学ということを尊重する風潮の強い国でありまするから、労働党の人々も、もちろんそれから保守党の人たちも放送大学というのに
その意味合いにおいて平塚さんとかだれとか、多少は小笠原さんから考えれば不都合な人だ、ああいうようなものは困るとおっしゃいましても、それは学問の自由と大学の自治でございまして、そう御心配になるようなことはない、かように思うのでございまして、むしろ象牙の塔式に大学は事務職員、大学生、大学院学生、それから教官、これ以外の者の言うことには耳をかさないなんというような、そういうコンクリートな考え方こそ私は大学
しかしながら、いま御指摘になりましたように、私も実はそのように思うのでございまして、思うという意味は、どうも大学の先生をはじめ、まだ大学というものは単に研究だけだ、学問のうんのうをきわめる研究だけであって、それはまた社会と無関係、と言っては言い過ぎかもしれませんが、象牙の塔式なものの考え方、したがってフンボルトのあの大学の理念というものが、日本における帝国大学に踏襲をされてきた。
ことに戦前の少数エリートの教育のための象牙の塔式の旧帝国大学の姿であれば、あれはあれなりで機能したかもしれませんが、数がこれほど多くなって、学生も職員も教官もこれだけ多くなって、そうして大学の学部、学科が非常にたくさんになっている今日、あるいは研究所がたくさんある。
そうすれば、いままでのような旧帝国大学みたいな象牙の塔式なやり方ではいけない。やはり納税者である国民の意思というものが反映された大学自治というものを考えなければこれはよくないのだ、こういうことで評議会という形で第三者機関がチェックをするということが加えられておったわけでございます。
かつてはそういうことも意味があっただろう、しかし今日ではそういう閉ざされた象牙の塔式の大学というものは改められなければならないのじゃないか。
あくまでも大学の自治を尊重していくつもりでございますけれども、しかしながら、この一般の社会とあまりにも遊離したような、いわば象牙の塔式のやり方というものは改めてもらわなければいけない、こういうことははっきり言える、こういうように思うわけでございまして、参加の問題にしましてもあるいは懲戒処分の問題にしましても、単にデスクの上で考えているあれじゃなくて、やはり東大としては、一応その苦悩の中から出てきたことはわかります
それこそ、私は、大型プロジェクトか何か知らぬけれども、技術者のアカデミックな象牙の塔式のプロジェクトにしかすぎないですよ。あなた、そんなこと許されませんよ。それでは納得できない。——これは大臣の答弁でなければだめだ。