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4347件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

1954-01-27 第19回国会 衆議院 本会議 第5号

この際、私は、諸君の御同意を得て、つつしんで哀悼の辞を述べたいと存じます。(拍手)  君は、茨城県土浦市の御出身でありまして、昭和五年三月東京帝国大学経済学部卒業の後、ただちに三井物産に入り、実社会の修練を積まれること十有四年の後、退社して霞浦造船所常務取締役に就任、大いにその前途を嘱望されたのでありました。時に昭和十九年、爾来その業績はますます充実発展して今日に至つておるのであります。

佐藤洋之助

1954-01-26 第19回国会 衆議院 議院運営委員会 第7号

まことに哀悼の念にたえません。そこで同君に対する院議をもつてする弔詞贈呈の件をお諮りいたします。これは前例もありますので、追悼演説者の人選、弔慰金贈呈、それから議員一同からの香典ですが、前例によりますと、この追悼演説は、選出県のその区の反対の立場にあつた人がやるということになつております。弔慰金歳費の一年分、これもきまつております。議員一同からの香典も、一人三百円ずつが従来の慣例であります。

菅家喜六

1953-12-24 第19回国会 参議院 議院運営委員会 第2号

なお本日哀悼演説堂森芳夫君が行う予定になつております。なお国会議員歳費旅費及び手当等に関する法律、第十二条に基きまして、御遺族に対して、議員歳費の一年分を弔慰金として差上げることになつております。金額は九十三万六千円であります、予備金に関する法律第二条に基きまして、本議院運営委員会のご承認をお願い申上げたいと思います。

芥川治

1953-12-07 第18回国会 参議院 議院運営委員会 第7号

哀悼演説につきましては、所属が外務委員会でありますので外務委員長にお願いいたすことにいたしたいと存じます。(「異議なし」と呼ぶ者あり)  つきましては、国会議員歳費旅費及び手当等に関する法律に基きまして、第十二条に「議員が死亡したときは、歳費一年分に相当する金額弔慰金としてその遺族に支給する。」ことに規定されております。この金額歳費が七万八千円でありまするので、九十三万六千円でございます。

芥川治

1953-10-29 第17回国会 衆議院 本会議 第1号

この際、私は、諸君の御同意を得て、議員一同を代表いたし、つつしんで哀悼の辞を述べたいと存じます。  君は、大正元年、北海道函館市に出生せられました。昭和十四年東京歯科医学専門学校卒業後、同年夏、興亜院事務嘱託として華北連絡部に勤務せられ、次いで日本大使館に転じ、終戦に至るまで大陸に活躍せられました。

館俊三

1953-07-30 第16回国会 参議院 本会議 第29号

昨日の委員会におききまして、質疑を終り、討論の段階に入りましたところ、野本委員は、過般の戦争において挺身して祖国防衛に当り死亡した南西諸島の小学校教員文官待遇職員中学校教員、警察官、千百余名の人々の霊に対し衷心哀悼感謝の意を表して、原案に賛成する旨の発言がありました。  続いて原案につき採決をいたしましたところ、全会一致を以て可決すべきものと議決せられました。  以上御報告申上げます。

小酒井義男

1953-07-15 第16回国会 衆議院 水害地緊急対策特別委員会 第10号

大久保委員 ただいま農林大臣の非常に力強いお言葉を承りまして、私非常に感激いたしておりますが、農地事務局におきましても、そこの建設部長が一家全滅して水害の犠牲になられましたことは、私は深甚の哀悼の意を表しておる次第でありまして、かくのごとき大犠牲払つた農地事務局が耕地の復興のために立ち上つておられることは、私はきわめて尊敬をいたしておる次第であります。

大久保武雄

1953-07-15 第16回国会 参議院 本会議 第22号

このことに対しましては、心から哀悼の意を表しますると同時に、家を失い、田を、畑を失い、又、家財商品等を失われました諸君に対しましても、心からなる同情の意を表するものでございます。  なお又、今回のこの災害に当りましては、米駐留軍はじめその他の諸外国から与えられた御同情に対しましても、国民を代表し、心からお礼を申上げたいと存じます。

山田節男

1953-06-26 第16回国会 衆議院 法務委員会 第4号

犬養国務大臣 今お話の川上という人が、選挙違反事件に関しまして自殺をするに至つたことは、国民に対してもまことに遺憾であり、深く哀悼の意を表している次第であります。お尋ねの拷問があつたかどうかという点につきましては、いわゆるわれわれの概念における拷問というものは、なかつたという調査の結果になつております。

犬養健

1953-06-19 第16回国会 参議院 本会議 第13号

ここに同君の生前を回顧し、哀悼の辞を捧げたいと存じます。  工藤君は、明治八年青森県に生れ、長じて日本大学卒業後、長く操觚界並び教育界に生涯を捧げられたのでありますが、一方、政界に志を有せられて、大正十三年以来七回に亘つて衆議院議員に、又昭和二十五年には青森県から本院議員に当選せられ、懲罰委員長その他者常任委員となり、憲政のために尽されましたところは多大なものがあつたのであります。

村尾重雄

1953-06-18 第16回国会 参議院 議院運営委員会 第10号

委員長草葉隆圓君) 只今事務総長から御報告申上げましたように、議員工藤鐵男君が御逝去になりました御通報に接しまして、誠に哀悼に堪えない次第でございます。  つきましてはこの逝去について弔詞贈呈し、且つ哀悼演説を本会議においてなし、なお弔慰金参議院から差上げるという従来の慣行によりまして、これらの点について御協議を頂きたいと思います。

草葉隆圓

1953-03-11 第15回国会 衆議院 外務委員会 第23号

私の率直な感じですけれども主義主張違つても、とにかくスターリン首相の死に対しては、やはり私どもは人間として哀悼の意をささげていいと思うのです。ですから政府としても、何らかの形で弔意を表された方が、将来のためによかつたのじやないかと思う。またこれが人道主義に立脚するものではないかと思つたのですが、この点外務大臣はどのようにお考えになつておりますか。

並木芳雄