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50件の議事録が該当しました。
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該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

1999-03-09 第145回国会 衆議院 内閣委員会 第3号

中国山西省日本人残留部隊の問題ですが、これは中国山西省日本人部隊終戦直後に中国山西省残留した約二千六百人の将兵が、中国国民政府軍の支援のために、軍の命令残留を余儀なくされ、本人の知らない間に、一九四六年から五六年に引き揚げてくるまでの間に、現地除隊、いわゆる召集解除措置をとられて、正当な処遇をずっと受けられないでいるという問題であります。  

中路雅弘

1999-03-09 第145回国会 衆議院 内閣委員会 第3号

その結果、この報告にございますように、現地召集解除が行われた人は、繰り返しの内地帰還説得後にもかかわらず、最終的に自己の意思について残留したというもので、軍の命令ではなかったという結論になっているわけでございます。  戦後五十年以上経た今日において、改めて実情調査を行ったとしても、従前以上に確かな事情把握は困難でなかろうかというふうに考えている次第でございます。

炭谷茂

1997-07-09 第140回国会 参議院 決算委員会 閉会後第2号

そうすると、事実確認した上で考えていけば、ここのところの召集解除というのは全くおかしな処置だったなと。たとえだれの命によるものとせよ、一部軍閥の命によるものとせよ、ともかく抑留が続いておったというふうに理解せざるを得ないんじゃないかと思うんです。  さて、この関連で最後に一つだけ伺っておきますが、残留者召集解除発令を取り消した事例はございますか。

海老原義彦

1997-07-09 第140回国会 参議院 決算委員会 閉会後第2号

軍人身分の始めの時期、終わりの時期、始めの時期である召集、終わりの時期である召集解除こういったものの発令恩給基礎在職年とも密接な関係がございまして、これをないがしろにすると恩給がもらえるかもらえないかという境目になるわけでございまして、大きな差を生ずるものでございます。

海老原義彦

1993-02-23 第126回国会 衆議院 内閣委員会 第3号

村瀬説明員 当時におきます現地召集解除でございますが、これは当時帝国陸軍外地部隊復員実施要領細則、そういう規定がございまして、その規定に基づいて最高司令官現地召集解除を行っております。これは戦後処理を担当しております厚生省といたしましては、これを覆す、認定をし直す、そういうような立場ではまずございません。  

村瀬松雄

1992-04-07 第123回国会 参議院 内閣委員会 第4号

それで、これにもかかわらず、その説得に応ぜず残留した者に対しまして、当時の陸軍部隊復員に関する規定に基づきまして現地召集解除処置がとられたものであります。  それで、このことにつきましては、昭和二十八年から二十九年にかけまして山西省残留者実情に関する調査を行いました。当時その調査に基づきまして、昭和三十一年に国会に御報告申し上げているところでございます。

村瀬松雄

1989-12-01 第116回国会 衆議院 内閣委員会 第5号

私は、第二次世界大戦のときには青年時代でございましたが、学校を卒業して、正規のいわゆる初年兵として入隊をし、幹部候補生として教育を受け、将校になるやフィリピン戦線に小隊長として、さらに、一たん召集解除になって帰りましたら息もつかせず再び召集になって、今度は中支に中隊長として参りました。

角屋堅次郎

1979-07-10 第87回国会 衆議院 内閣委員会 第17号

これは、なぜ私がそういうことを言うかといいますと、その後、たとえばここに認識証書とそれから従軍並びに召集解除、除隊帰郷証明書というようなものが届けられました。まさに召集ですよ。そして召集解除があるわけであります。これは、こういう国の政策によって動員をされて、文字どおり命を投げ出して今日までやってきたわけですから、差別のない扱いというものを私はお願いをしたいと思うのです。  

岩垂寿喜男

1978-02-27 第84回国会 衆議院 予算委員会第一分科会 第1号

この問題は、もうすでに申し上げる必要もないと思いますけれども日赤従軍看護婦戦時召集されまして、行き先も知らされずに日本陸海軍病院及び病院船に配属され、その命令に従い、兵と同じ生活をし、終戦長期抑留の身となり、軍人と同じく捕虜生活を送ったりしながら、昭和二十八年から三十三年にかけて帰国し、その後召集解除となった人たちの問題であります。

山原健二郎

1977-04-19 第80回国会 参議院 内閣委員会 第6号

終戦後は、不本意ながら長期にわたって抑留され、多くの苦難を経て昭和二十八年から三十三年にかけて帰国し、その後召集解除になったのでございます。  現在では、皆五十才をこえる年令となり老後の不安がつのる毎日でございます。私達は、一昨年より再三国会へ請願してまいりましたが一昨年の十一月には特別決議を又昨年の五月には各党一致請願書採択決議をして下さいました。  

峯山昭範

1976-03-02 第77回国会 衆議院 内閣委員会 第3号

の苫小牧の西野さんという方の手紙ですが、それぞれ一部分だけちょっと、紹介してもいいいところだけ、私信ですから、読ましていただきますと、これはさっきの陸軍大臣通達日赤社令関係で理解していただきたいのですが、この西野さんの手紙の一部ですが、  昭和十九年戦時召集令を受け、陸軍病院に配属になり、野戦病院勤務終戦となり、軍人とともに俘虜収容所に収容されて長期抑留され、昭和三十三年に日本に帰り、召集解除

中路雅弘

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