2011-02-17 第177回国会 衆議院 災害対策特別委員会 第2号
本島の爆発は古来歴史に照らし、後日復亦免れざるは必然のことなるべし。住民は理論に信頼せず、異変を認知する時は、未然に避難の用意、尤も肝要とし、平素勤倹、産を治め、何時変災に遭うも路頭に迷はざる覚悟なかるべからず。 というふうに碑文に書いてあります。 私は、当時の測候所の人たちも、当時考えられるベストを尽くされたんだろうと思います。
本島の爆発は古来歴史に照らし、後日復亦免れざるは必然のことなるべし。住民は理論に信頼せず、異変を認知する時は、未然に避難の用意、尤も肝要とし、平素勤倹、産を治め、何時変災に遭うも路頭に迷はざる覚悟なかるべからず。 というふうに碑文に書いてあります。 私は、当時の測候所の人たちも、当時考えられるベストを尽くされたんだろうと思います。
これは、最近の歴史学の方では、やはり天皇の精神的な権威のみならず、政治的な権威ということも含めて、やはり古来歴史を通じてやはり天皇というものがいろんな意味での政治的あるいは精神的、文化的象徴であったというふうなことを含意していると私は思っております。
本島ノ爆発ハ古来歴史ニ照シ、後日復亦免レザルハ必然ノコトナルベシ。住民ハ理論ニ信頼セズ、異変ヲ認知スル時ハ、未然ニ避難ノ用意、尤モ肝要トシ、平素勤倹、産ヲ治メ、何時変災ニ遭フモ路頭ニ迷ハザル覚悟ナカルベカラズ。 茲ニ碑ヲ建テ以テ記念トス。 大正十三年一月 東桜島村 という記念碑が建っております。
私が申しましたことは、古来歴史を見れば、やはり軍事力というものが外交のうしろだてになければどうもうまくいかぬもんだなと、つまりそこでチェコスロバキアのベネシュの活躍のことについて私は思いながら、話しておったということを、先ほど御報告いたしました。
荒木文部大臣も御承知のとおりに、柔道はわが国古来歴史と伝統を持ったところの一つのお家芸でございます。それが日本において行なわれるということに対しまして、全国数百万の柔道愛好家、武道愛好家というものは非常な希望と喜びを持って明年を迎えるわけでございますが、だんだん承っておりますると、結局、水泳場にふたをしてその上で柔道の試合をやるということでございます。
古来歴史を見ますると、甲乙二つの国が相敵視する場合、数百年間それが敵視されたままで対峙しておるという国は少い。必ずどこかで歩み寄るなり妥協しております。今日これを言いますゆえんのものは、隣国の中国と台湾の問題であります。