運営者 Bitlet 姉妹サービス
使い方 FAQ このサイトについて | login
9件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

  • 1

1973-03-06 第71回国会 衆議院 予算委員会第一分科会 第4号

この速記録で見ますと、「四十三年の三月の二十八日に原田香留夫弁護士が、そして四十三年の四月一日に、これは数名の弁護士が、東京大阪から広島刑務所長に、吉岡に面会さしてほしいということを申し入れたわけでございます。」こうなっておる。その数名の弁護士の中に私が入っておるのです、八海事件常任弁護人でしたから。  

正森成二

1971-11-11 第67回国会 参議院 法務委員会 第2号

原田香留夫弁護士です。これは本人が行くというので行かしたわけでございますが、行ったところが、報道関係、マスコミの記者が来ておって、そこでいろいろと過去の古傷を尋ねられ、そしてまた、そのとき手記を渡すというような状態に相なったんだろうと思いますが、そういったように、まずここで接触があったわけです。その後、二回、三回原田弁護士のところへ行っております。  

笛吹亨三

1971-11-11 第67回国会 参議院 法務委員会 第2号

吉岡が、自分が単独でやったもので、阿藤さんらほかは全然関係がないのだという手紙をいままで何通も刑務所から発信しているのに、それがどうも届いてないらしいということを盛んに言っているということを弁護団が聞きまして、そして四十三年の三月の二十八日に原田香留夫弁護士が、そして四十三年の四月一日に、これは数名の弁護士が、東京大阪から広島刑務所長に、吉岡に面会さしてほしいということを申し入れたわけでございます

佐々木静子

1971-11-11 第67回国会 参議院 法務委員会 第2号

そしてこの吉岡さんが身の危険を感じて、八海事件以来のおなじみである原田香留夫弁護人に、何とか助け出してほしいという連絡をとろうとしたが、どうしてもとることができない。原田弁護士もまた、何となく心配になって、吉岡のほうに電話をかけたところ、けんもほろろに、一切会うことならぬということで、保護観察所のほうから断わられた、そういう事実があるわけなんでございます。

佐々木静子

1968-04-09 第58回国会 参議院 法務委員会 第9号

四十二年五月九日付最高検察庁あて表題告白状、同年五月十五日付最高検察庁あて表題告白状取り下げ願い書、同年七月七日付広島高等検察庁あて上申書、同じく七月七日——同日付でございます、広島地方裁判所あて上申書、同年七月十日付原田香留夫あて郵便書簡、同年七月二十八日付同じく原田香留夫あて郵便書簡同年七月二十九日付広島地方裁判所あて上申書、同年八月五日付広島高等検察庁あて上申書、四十三年二月一日付最高裁判所

勝尾鐐三

1958-10-07 第30回国会 衆議院 法務委員会 第2号

○志賀(義)委員 もう一問ありますが、淡谷君が待っておられますから、きょうは私から特別に立ち入っての質問はいたしませんが、八海事件弁護人原田香留夫君の事務所を検察庁強制捜査をして、だいぶ文書をとった。これは今まで日本の弁護士で、自分の担当した事件でこういうことをやられた人はないと思うのでありますが、この点については報告は参っておりますか。

志賀義雄

1949-09-12 第5回国会 衆議院 考査特別委員会 第35号

六月二十四日には、右の確約に基いて協議会を開いたが、開会前にすでに市役所前廣場で、原田香留夫弁護士指導のもとに、大衆的五、六百名が人民大会を開いて氣勢をあげていた、協議会を開会するや、この大衆赤旗を押立て、傍聽席になだれ込み、赤旗を議場につるして、傍聽席はこの大衆で超満員となつたが、CICの係官が來ていたためか平穩であつた、赤旗については議長より注意を受けたので、穩やかに巻いて傍聽していた、二十二

鍛冶良作

1949-08-08 第5回国会 衆議院 考査特別委員会 第33号

きようの証人徳毛さんもおいでになりましたし、また原田香留夫弁護士おいでになりましたし、その他四、五人、合計七、八人の方がおいでになりました。岩村さんは私と昔から面識があるのですから、本來日鋼のことは、あすこを出られたら、どうかということを話もしたのでありまして、できればあなたと二人で解決しようかということまで言つたのですが、よく共産党本部へ帰つて連絡しようというような話もあつたのです。

上田頼一

1949-08-08 第5回国会 衆議院 考査特別委員会 第33号

西村證人 十四日の日に党の委員長徳毛君、それから稲村代議士自由法曹團弁護士原田香留夫その他五、六名の人が私のところに参りましてデモ、争議のことについて話をされたのであります。そのときに國警管轄権を持つておらぬから應援を要請の必要があれば出すけれども、國警では指揮権は全然ないのだということを聞いた。

西村伸一

1949-07-30 第5回国会 衆議院 考査特別委員会 第28号

また日鋼廣製作所騒擾事件につきましても、ただいま読みました証人のほかに日鋼廣製作所総務部長鈴木重喜君、第二組合執行委員植田盈君、日鋼労働組合組合長林春一君、同じく書記長越知一見君、同じく日鋼共産党工員黒神貞松君、縣労組会議議長中下勝君、自由法曹團廣支部原田香留夫君、朝鮮連盟安藝支部長彰任出君、廣島市公安委員長長崎五郎君、船越町助役、鷹島市長呉市長、廣島縣会副議長檜山袖四郎君について調査の必要

鍛冶良作

  • 1