1984-10-04 第101回国会 参議院 決算委員会 閉会後第2号
だからそんなきれいごとを言わないで、悪い銀行は悪い銀行、危いところは危いところといって預金者の方もその危い銀行には金を預託しないようにと、そういう預金者に選択の自由を与えないと、大蔵省が国家機関で監査をして、いろいろな問題があって問題になれば、個別でありますから名誉のために隠しておいて、一般庶民はぼんぼん持ってくるでしょう、中身がわからないから。
だからそんなきれいごとを言わないで、悪い銀行は悪い銀行、危いところは危いところといって預金者の方もその危い銀行には金を預託しないようにと、そういう預金者に選択の自由を与えないと、大蔵省が国家機関で監査をして、いろいろな問題があって問題になれば、個別でありますから名誉のために隠しておいて、一般庶民はぼんぼん持ってくるでしょう、中身がわからないから。
彼らは、我々はこういう悲惨な事故があったけれども、これはたまたまあったのであって、決して炭鉱はそんなに危いところだと思っていないし、許可さえあればすぐあしたからでも入りたい。それからまた、追加募集に何かこんなに申込書が来ているんですね、採用するのに大変だというふうな状況だというわけですね。口では言わなかったけれども、それで補償の問題も全部解決している。
非常に危いところだつたのです。聞いて見ましたところが、すでに二回ほど犠牲者が出ている。あそこは僅かの距離であるから、地下道ということをすぐ気が付かなければならない。戦争中何かあそこは地下道があつたということを聞いたと思うのですが、一般民衆、殊に庁員の将来のために地下道を建設する用意があるのかどうか。こういうことをお尋ねしたい。
それでなければ危いところであります。天龍川の方はおそらく大正の初めごろだと思いますが、それ以来研究に研究をしております。一朝にできたものじやないと思います。私その研究の主といいますか、天龍川の主とか木曽川の主というような、とても長い間研究しておる人を存じ上げております。この人たちが工事がいかに安くできるか、いかに早くできるか、どうしたらいいかえ十分研究してでき上つております。
それから東京文教大学の名称についての御質問でございますが、これは打明けて申上げますと、私共も東京教育大学が一番適当な名であろうというふうに考えたのでございまして、初めの案はそういうつもりで立てたのでありますが、実は学校の内部で教育ということについての意見の相違から相当論議が討わされまして、危いところまで話が行きましたものですから、それで教育と内容において大差のない文教という名称を付けて、それで双方の
但し勞働者の力が非常に強くて、その企業を危いところまで押しこめていつて、なおかつ給與を上げるというようなことになると、それは物價體系を崩すことになるので、政府としては好ましくない、こういうように考えます。