1953-07-07 第16回国会 参議院 運輸委員会 第7号
約半数ちよつとでございますが、この程度旅客列車を欠かしまして貨物物列車を入れております。単線の部分がございますので、そういう形にいたしておるのでございます。これも筑豊線の複線開通ということをできるだけ急ぎまして、港頭へ石炭を出すということを成るべく早くやりたいというふうに考えておる次第でございます。 大体以上申上げまして、何かはかにいろいろございましたら、御質問お伺いしたいと思います。
約半数ちよつとでございますが、この程度旅客列車を欠かしまして貨物物列車を入れております。単線の部分がございますので、そういう形にいたしておるのでございます。これも筑豊線の複線開通ということをできるだけ急ぎまして、港頭へ石炭を出すということを成るべく早くやりたいというふうに考えておる次第でございます。 大体以上申上げまして、何かはかにいろいろございましたら、御質問お伺いしたいと思います。
お尋ねの点は、当時二十二年六月六日に引継ぎました人員は千四百五十名、そのうち七百四十七名、約半数ですが、半数ちよつとですが、これが当時の、電気通信施設事務所、そこへ入りこれが建設をやつておりました。あと七百三名は中央逓信局へ、各地へばらまいた、こういう形でおります。その後の人間が、今私のほうに現在建設部というのでありますが、建設部に今六百五十名くらいおります。
それから貨物のほうでございますが、これは十一月の実績五千百九十八キロ、これは予定計画の九千キロに比しまして半数ちよつと超えるという程度になつております。それから郵便物のほうは予定が二方六千キロに対しまして、約半量の一万三千八百八十二キロという実績でございます。なお運行率は十一月は割合によかつたのでございます。十二月に入りまして、機体の故障その他によりまして約六五%の実績に落ちております。