2015-05-13 第189回国会 衆議院 厚生労働委員会 第13号
必ず自分の地域に戻って仕事をしていただく、そういう医介輔制度というものを沖縄は位置づけました。 そしてまた、米軍式の医師のインターンシップによる医療の充実。これは一九五〇年代、沖縄の米軍の陸軍病院というのは、アジアで一番、東洋最大、東洋で一番水準の高い医療を提供していたそうでございます。
必ず自分の地域に戻って仕事をしていただく、そういう医介輔制度というものを沖縄は位置づけました。 そしてまた、米軍式の医師のインターンシップによる医療の充実。これは一九五〇年代、沖縄の米軍の陸軍病院というのは、アジアで一番、東洋最大、東洋で一番水準の高い医療を提供していたそうでございます。
私も現在は幾つかの総合病院の顧問弁護士をやらせていただいておりますが、沖縄は戦後非常に医師不足で、特にアメリカの軍事支配下にありましたときには、大臣御承知のように、医介輔制度というのをアメリカがつくったんですね。
それから医介輔制度が二年で打ち切りになったときに、医介輔を認められたその時点でほとんどの方が診療所を建設している、そういった建設事業費その他非常に医介輔をやめるための損失が出ているわけですが、こういったことに対する補償も考えられるのではないか。
○政府委員(石丸隆治君) 昭和四十八年当時の齋藤大臣が先生に対しまして、この医介輔制度について検討するという約束をされたことについてはわれわれもよく承知いたしておるところでございまして、その後事務当局といたしましても種々検討を行ったわけでございますが、先生御指摘のように、事務的に検討いたしました結果におきましては、立法的には昭和二十八年の時点ですでに解決済みであるというふうに解釈せざるを得ないわけでございまして
○田中国務大臣 医介輔制度というのは、本来医療制度においては決して望ましい制度ではございません。経過的な措置として、また一部の地方において、独特な事情によって認められているものでございます。