1975-12-11 第76回国会 衆議院 決算委員会 第6号
○諫山委員 北小路敏が報復宣言をする、しかも記者会見まで行って報復宣言をする、これはその後の一連の事件にとってきわめて重大な出来事のはずですが、そういう記者会見があったのかなかったのか。あったとすれば、どのような報復宣言が行われたのか。警察は調べましたか、調べていませんか。
○諫山委員 北小路敏が報復宣言をする、しかも記者会見まで行って報復宣言をする、これはその後の一連の事件にとってきわめて重大な出来事のはずですが、そういう記者会見があったのかなかったのか。あったとすれば、どのような報復宣言が行われたのか。警察は調べましたか、調べていませんか。
○諫山委員 これもようやく一人処理されたというだけのようですが、ところで、この事件で北小路敏についてはどのような捜査をし、どのような結論になったのか、警察が説明してください。
○諫山委員 この事件で、中核派の上部団体である革共同政治局員の北小路敏が東京で記者会見をしております。そして、高橋範行殺害について報復の宣言をしているはずです。新聞の報道では「十日未明、中核派の労働者が革マル派に襲われ重傷を負う事件があった。これまでの暗黙の境界線を向こうが先に破った以上、彼らの血であがなってもらう」こう言って「“全面戦争突入”を予告した。」
特にこの場合は、九月十四日に中核の政治局員などといわれておる北小路敏が記者会見をして、そして「高橋同志の報復のためにやった」とか、今後も続けるんだということを言うておる。これに対して革マルのほうの「解放」という機関紙がありますね。それを読みますと、「わが戦士たちは難なくアジトに突入、高橋の身体に階級的怒りに燃えた鉄槌をたたきこんだ。
それからこの組織でございますが、この中心的な幹部は、十年前の安保闘争のときに学生などであった北小路敏とか、現在は書記長は本多延嘉でありますか、この前の安保のときに学生運動をやった連中です。大体その中心的な分子は全国で二、三百人ではないかと私たち見ておりますが、中央で政治局、それから書記局というものを構成しております。
お尋ねの北小路敏につきましては、前回逮捕されまして、これは起訴になった上、先般九日の日に保釈になりました。本人がさっそく集会をしておる大学の現場に出向いて、演説等をぶっておるというようなことでございますが、当日の現場における状況につきましては、まだ詳しくわかっておりませんが、三百三十三名の中には含まれておらないというように承知いたしております。正確なところはちょっとまだわかりかねておりますが。