○説明員(杉江清君) 河野勝斎先生がなくなられてから、しばらくたちまして、現段階においては補充せんでいこう、そういうふうきめたわけでございます。
というのは、私は当時文教委員長であったために田中氏自身にも会いましたし、調停に立たれた河野勝斎氏にも前後三回ほど会って話を承りましたが、本問題について田中理事長の方は教職員組合の行き過ぎだとか、学生会の行き過ぎだとか、教授の中によこしまな考えを持って学校を乗っ取る傾向の者があるとかいうようなことをたびたびおっしゃっておりますが、数ある中には一人二人は行きがかり上暴言を吐いたり何かしたりした人があるいはあるかもしれないけれども
白木という判事さんが調停主任になられまして、日本医大の理事長である河野勝斎氏、それから明治大学の学長である松岡熊三郎氏、この三人の方が調停委員会を組織されまして、前後五回にわたっていろいろ双方の御意見を聞かれまして調停案を作り、これを双方に提示されたのでございますが、役員ごとに評議員の確認につきましてどうしても意見が整わない。そのためにこの調停は不調に終っております。
なお裁判所はこの紛争の早期の解決をはかるために、三十二年の五月に調停委員会を組織いたしまして、地方裁判所の裁判官である白木裁判官と、日本医科大学の理事長である河野勝斎氏、明治大学の学長である松岡熊三郎氏の三人を調停委員に任命いたしました。前後数回にわたりましていろいろと双方の意見を聞き、調停を行なったのでありますが、ついに調停が不成立に終っております。
赤松 常子君 小林 亦治君 羽仁 五郎君 市川 房枝君 事務局側 常任委員会専門 員 西村 高兄君 公述人 東北大学教授 木村 亀二君 弁 護 士 正木 亮君 Y・W・C・A 常任委員 渡辺 道子君 日本医科大学事 務総長 河野 勝斎君
○公述人(河野勝斎君) 玉井さんの方のまたお答えもあるかと存じますが、私ずいぶん長い間関係しておりますが、そういう例にぶつかっておりません。もちろん刑が長いから人間性がすっかり変ってきて、どんな凶悪犯罪を犯すような人間になっていないのかもわかりませんが、殺人をした人たちが有期刑になり、あるいは無期刑になり、そうして幸いにして社会に出されたときに再犯の事実はまだ聞いておりません。
まず、日本医科大学理事長河野勝斎さんにお願いをいたします。
その他朝野における矯正保護関係のエキスパートといたしまして河野勝斎さん、なお弁護士会から正木亮さん、それから奈良少年刑務所長の玉井策郎さん、それから法医学、精神病の関係の方々から古畑種基さん、吉益脩夫さん、宗教家の関係から小崎道雄さん、花山信勝さん、文芸家の関係から吉川英治さん、教育者の関係から小泉信三さん、婦人団体の関係から上代たのさん、被害者の親族関係から磯部常治さん、なお一般から募集いたすことといたしまして
文部事務官 (管理局長) 近藤 直人君 委員外の出席者 文部事務官 (管理局庶務課 長) 福田 繁君 参 考 人 (明治大学法学 部長) 野田 孝明君 参 考 人 (日本医科大学 常務理事) 河野 勝斎君
まず私立学校振興会法案の参考人といたしまして、明治大学法学部長野田孝明君、日本医科大学常務理事河野勝斎君、日本経済短期大学教授中原稔君、芝高等学校教諭松橋祐蔵君の四名を、参考人に指名いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
それでは日本医科大学常務理事河野勝斎君。