2014-06-04 第186回国会 衆議院 法務委員会 第21号
本日、児童ポルノの禁止に関する法案ということで、動議者の方々に質疑させていただくことになりました。四十分ということです。
本日、児童ポルノの禁止に関する法案ということで、動議者の方々に質疑させていただくことになりました。四十分ということです。
その再度開かれた委員長理事打合会におきましては、委員長理事打合会でこういう措置をとったことについて動議の提起者にも理解してもらい、この際動議者の意向も十分に議長に伝えたあとであるから、この際動議を取り下げるようにしてもらいたいという理事会の決定があったそうでございます。
○山田節男君 これ、まあ動議者に聞きますが、名古屋の逓信と仙台の関係、これはほかには郵政関係の庁舎を使っているところはないのですか。
同時に、この動議に対しては、先ほどの田村委員のお話は、まことに動議者に侮辱をしております。榊原委員の論は、その内容は私首肯しがたいものがありまするけれども、私の動議に反対する趣旨がきわて明瞭でございます。田村委員の動議は、第一に、そのおっしゃっていることは難題であると言っているのです。難題とは何事ですか。私がある私憤上の問題をもって、この議事引き延ばしのために動議を提出したかのごとき感を与えます。
○委員長(梅津錦一君) 森崎さん、広島と限らず一括して、特飲街の問題を理事、小委員長会議においてこれを検討するということで動議者のほうは如何でございますか。
動議者は社会党の小笠原さん、賛成者は緑風会の高橋さんでよろしうございますね。 それでは只今の特別委員会設置の件の動議者は社会党の小笠原さん、それから賛成者は緑風会の高橋さんにおきめ願います。
ところが突然政府がそれを出したために、それが前提になつて結局この水産省の継続審議というものが不可能になつたと、私はこういうふうに考えて、この動議の打切りということが出たのではないかと思うので、動議者の動議に対するその点を明瞭にしてもらいたいと私は思う。
○岩間正男君 只今の御説明頂いたのでありますが、この前これに対しまして動議者のほうから動議が出されまして、その趣旨に対しまして私は賛成したのでありますが、問題は産業教育、職業教育ですかそういうものに対する今までの欠陷に対して、今参考人が述べられたようなこういう意図についてはわからないことはないのであります。ただこの方法としてやはり問題になつて来る点は二点あるのじやないか。
それで動議は動議者と、それに対しての賛成者と二人が起立しております。従いまして一名の賛成者があつたわけですから、これは動議が成立しているわけです。その動議に従つて年末手当の採決を諮つたほうが正しいと思います。
見通しを動議者からお聞きしたい。
○左藤義詮君 動議者としてもう一度申上げますが、只今門屋委員のお話がありましたが、三時まで情勢を見るということは結構でありますが、そのときに又いろいろなものが上つて来る見込がありましたら、必らずしも三時で打切らないで様子を見るということで結構でございますが、三時まで来て見込が付いておるのに、もう三時になつたからぴしつと止めてしまうということでなしに情勢を見る、そうして改めて御相談するということでお決
つまり委員長報告は中間報告であつたのに対して、動議者は真相を究明しろという一点。二点は、この真相に基いて適当なる措置をとれということらしい。これは委員会でこれからまだやるのかやらぬのか。どこからどこを政府にやれという内容を持つのか。二番目に申上げましたことは、動議の二つの点に対する内容が私には分らない。委員会のする仕事と政府に勧告する仕事、これが分らない。
○議長(佐藤尚武君) 佐々木君の議事進行に関する発言を伺いますと、動議者の趣旨説明が一部の議員諸君によく徹底していないようでありまするから、重ねて草葉君より動議提出の趣旨説明を求めます。 〔草葉隆圓君登壇、拍手〕 〔「簡單明僚に」「分り易く話して呉れ」「質疑に対する答弁だぞ」と呼ぶ者あり〕
但し会議その他の都合がある場合は、これは別に時間その他は制限するけれども、本委員会に動議者が出て、全部を説明するとか、書面を出すというようなことになれば本会議でやると同じことをここでやるわけで、やはりやらせるか、やらせないかということは今までの通り、各会派が認めた以上はやらすようにいたしたいとかように考えます。 〔「賛成」と呼ぶ者あり〕
○岩本月洲君 動議者として申上げます。この問題はすでに質問のときからも、論を盡し切つておると私は考えております。只今討論を果そうとする方の議論も、十分にもうすでにこの委員会において盡されておると考えましたので、議事進行の立場から採決に入ることの動機を出します。
出した動議者も動議者、ひつこめるやつもひつこめるやつと、私は輕い義憤、公憤を感じたのであります。さらに私は私の名前が出て、最後に私と倉石君とさらに有田君の三人が懲罰に付される。そのときに私は反駁することは知つておつたのでありますが、倉石忠雄君は——私がその前日でありましたか飛び出したとき、多くの守衞の諸君及び同僚の諸君から、私が小さいものですから押し出されて。