2018-10-30 第197回国会 参議院 本会議 第2号
衆議院にありましては、平成九年には労働政務次官、平成十一年には環境総括政務次官、平成十五年には衆議院法務委員長、平成二十年には衆議院拉致問題特別委員長を歴任いたしました。 特に、法務委員長としては、裁判員制度導入の司法制度改革の審議におきまして、憲政史に残るでありましょう審議時間を経て成立させたことは思い出の深いものでございました。 私の国政活動を貫く原点は、実は二つあります。
衆議院にありましては、平成九年には労働政務次官、平成十一年には環境総括政務次官、平成十五年には衆議院法務委員長、平成二十年には衆議院拉致問題特別委員長を歴任いたしました。 特に、法務委員長としては、裁判員制度導入の司法制度改革の審議におきまして、憲政史に残るでありましょう審議時間を経て成立させたことは思い出の深いものでございました。 私の国政活動を貫く原点は、実は二つあります。
また、第二次橋本改造内閣の労働政務次官、小渕第二次改造内閣及び第一次森内閣の環境政務次官として国政の中枢に参画され、その卓越した政治手腕を遺憾なく発揮されてこられました。 このように、両先生は、高い見識と豊かな政治経験に基づき、我が国の議会政治発展のため多大な貢献をされました。
○国務大臣(森英介君) 私は平成五年に労働政務次官を務めまして、また地元にも水産加工業あるいはいろんな分野で研修生が大勢おりまして、大変関心を持ってこの制度については見守ってまいりました。委員御指摘の点につきましては、研修生、技能実習生の保護の観点から極めて重大な問題であるというふうに認識をいたしているところでございます。
○副大臣(森英介君) 委員から御指摘ありましたとおり、私自身も年金保険料の未加入期間がありまして、平成六年、労働政務次官を務めました十三か月でございますけれども、勘違いとはいえ、大変申し訳ないことだと思って深く反省をしているところでございます。
その後、私はずっとその日まで自分自身が完納しているというふうに思い込んできたものですから、その調査結果を聞いてちょっと腑に落ちませんで、その日、すぐ大臣にその結果を御報告することなく、家人にも確かめまして、結局、今まで御説明申し上げておりますように、労働政務次官になりましたときに、医療保険が共済になっていたものですから、それと同様に年金も共済に入っているもんだと思い込んで、その期間が抜けてしまったということが
○副大臣(森英介君) これまでも御説明してきたところでございますが、私の国会議員在任期間中の公的年金への加入状況につきましては、平成六年七月に労働政務次官に就任した際に、年金について医療保険と同様に共済に加入しているものと勘違いをいたしまして、このため、結果的に政務次官在任中の十三か月間が未加入の状態となってしまいました。
○副大臣(森英介君) 最終的に、五月になってから報告を申し上げたときは、自分の事実経過に基づいて、労働政務次官のときに、要するにその経過を全部御報告をいたしました。
麻生大臣が最初公表されましたときには三兄弟とかいうお話でしたが、私も調べてみたら、結局、第二次中曽根内閣で労働政務次官になりましたときに、結局、大臣、政務次官は兼職禁止だという自民党の中の決めがありましたから、それで私は会社の社長をやっておったわけですけれども、家内を社長にしてせめて会長にという話をしたら、それも駄目だということで、結局、国民健康保険がそれまで厚生年金に付いておった。
しかしながら、平成六年の七月に労働政務次官に就任した際に、政務次官は、御承知のとおり、本来、医療保険が共済、年金保険が国民年金でございますけれども、年金についても医療保険に入っているものと勘違いいたしまして、医療保険じゃない、医療保険と同様に共済に加入しているものと勘違いいたしまして、結果的に政務次官在任中の十三か月間が未納となっておりました。
また、実は私も人ごとでなく、昨日御報告申し上げましたとおり、労働政務次官に平成七年に就任しました折に、うっかりしまして国民年金に加入しなかった一人でございまして、大変国民の皆様方に申しわけなく思っているところでございますけれども、こういったことが極力起こらないように、各省庁の担当部局に対しても周知徹底に努めてまいりたいというふうに考えております。
しかしながら、平成六年七月に労働政務次官に就任した際に、政務次官は本来、医療保険が共済、年金保険が国民年金でございますけれども、年金についても医療保険と同様に共済に加入しているものと勘違いをいたしまして、このため結果的に、政務次官在任中の十三か月間、すなわち一年一か月が未納となっておりました。
私は昭和四十九年に労働政務次官をいたしましたが、私の上司の大臣、大久保武雄先生、この方は最初は逓信省に入られたそうですが、後に海上保安庁初代長官になられました。 私は、その大久保武雄先生から大変なことを聞きました。何とおっしゃったかというと、中山君、私は仁川上陸作戦に旧海軍を率いて掃海作業をやったんだと。
坂井代議士が労働政務次官を退任した直後の平成九年の四月、御退任はその前ですけれども、平成九年の四月に職業安定法の施行規則が改正をされまして、有料職業紹介を原則自由化するとともに、紹介手数料について新しい基準が示されまして、職業紹介事業者が大きな利益を得ることができるようになりました。
それで、九九年に、坂井前厚生労働委員長が労働政務次官当時に、派遣法の対象業種を一挙に原則自由化する大改正が行われました。それから労働者派遣事業の急成長が始まったわけであります。彼が今回逮捕、起訴される原因になった日本マンパワー社からの巨額の政治献金は、そのために働いたお礼だったのではないかというふうに私どもも見ております。
(拍手) 特に見逃せないのが、坂井議員に対して人材派遣関連会社の不正な資金提供が始まった九六年当時、彼は労働政務次官として内閣の一端を担っていたことであります。当時、労働者派遣法の改正で、対象業務が十六業務から二十六業務に一挙に拡大するなど、規制緩和が急速に進み、業界のパイが大きく広がる一方、社会保険料未払い等が多発するなど、問題点も数多くクローズアップされておりました。
先ごろの坂井衆議院議員の事件は、政治資金規正法の明白な違反、こういうことだろうと思いますが、今後、労働政務次官としての受託収賄等の問題も出てくる可能性が濃厚だと、こんなふうに言われております。
○小池晃君 本日の産経新聞では、日本マンパワーなどが献金を始めたのは、坂井議員が労働政務次官になった平成八年ごろ。この年は人材派遣できる業種が十六から二十六と大幅に増え、業界に有利な労働者派遣法の改正が施行され、正に坂井議員が旧労働省の政務次官として在任した期間と一致するというふうに報じています。
○辻泰弘君 この坂井さんが労働政務次官に在任されていた期間と労働者派遣法との関係が注目されているようでございますが、この点について、厚生労働大臣、どう受け止めておられるでしょうか。
○辻泰弘君 坂井さんの件ですけれども、労働政務次官をされていたということのようでございますが、厚生労働大臣、坂井さんが労働政務次官であられた期間はいつからいつまでかということを教えていただけますか。
○高嶋良充君 坂井議員は元労働政務次官、現在、衆院の厚生労働委員長、辞表を出されておるようですけれども。それと労働者派遣業界から一億二千万円ですよ。昨日のリクルートの事件を想起をいたしますけれども、刑事局長来ていただいておりますが、この事件の捜査の現状について御説明いただけませんか。
また、私はたまたま昔、労働政務次官をして岩田秘書課長でいろいろ支えていただきました。今後もそういう形で支えていただきたいと思っていますから、よろしくお願いします。
平林 鴻三君 国務大臣 堺屋 太一君 政務次官 法務政務次官 上田 勇君 外務政務次官 荒木 清寛君 大蔵政務次官 村田 吉隆君 文部政務次官 松村 龍二君 通商産業政務次 官 伊藤 達也君 郵政政務次官 佐田玄一郎君 労働政務次官
内閣官房副長官 内閣官房副長官 上野 公成君 政務次官 大蔵政務次官 七条 明君 文部政務次官 鈴木 恒夫君 厚生政務次官 福島 豊君 農林水産政務次 官 三浦 一水君 運輸政務次官 泉 信也君 郵政政務次官 佐田玄一郎君 労働政務次官
蓮実 進君 法務政務次官 上田 勇君 外務政務次官 浅野 勝人君 大蔵政務次官 村田 吉隆君 文部政務次官 松村 龍二君 厚生政務次官 福島 豊君 農林水産政務次官 石破 茂君 通商産業政務次官 伊藤 達也君 郵政政務次官 佐田玄一郎君 労働政務次官