1981-05-06 第94回国会 衆議院 農林水産委員会 第13号
○小川(国)委員 私は念のために申し上げますが、五十四年、五十五年の米の輸出米取扱業者名というのは、伊藤忠商事とか伊藤萬、兼松江商、加商、加藤商会、金商又一、丸紅、明和産業、三菱商事、三井物産、日綿實業、日商岩井、野村貿易、大倉商事、住友商事、東邦物産、東京貿易、トーメン、東食、ユアサ産業、二十社の名前は表でもらいました。
○小川(国)委員 私は念のために申し上げますが、五十四年、五十五年の米の輸出米取扱業者名というのは、伊藤忠商事とか伊藤萬、兼松江商、加商、加藤商会、金商又一、丸紅、明和産業、三菱商事、三井物産、日綿實業、日商岩井、野村貿易、大倉商事、住友商事、東邦物産、東京貿易、トーメン、東食、ユアサ産業、二十社の名前は表でもらいました。
この米を韓国に輸出をした取り扱い商社、安宅産業、三菱商事、伊藤忠、三井物産、兼松江商、口綿実業、日商岩井、住友商事、東食、トーメン、加藤商会、丸紅、明和産業、金商又一のうち加藤商会、金商又一、明和産業というのがわれわれはちょっとひっかかるところがあるのです。
その事故の処理の問題として今度の問題が起きておるわけでございまして、先ほど申し上げましたように、加藤商会がそういうことを知っておってやったのであれば、これは全くけしからぬ話でございます。事情を取り調べ中でございます。われわれの承知しておる範囲では、海上投棄をするということで払い下げをしたわけでございます。
その結果を見ませんと、私たちの受けておる報告では、これをやりましたのは、日商岩井ではございませんで、加藤商会でございますが、これが事故品ということになりましたものですから、別の扱い業者に払い下げをしたわけです。その払い下げを受けた業者が海上投棄しないで外へ回したということでございます。
当時加藤商会から住友ビルを対象として行われておった融資は、たしか千五、六百万のものであったようでありますが、長い間ですと、これが高利でありますから、たちまちにして四、五千万円になってきた。そうすると、加藤君のやっておった事業の中の残存財産として代表的なものは、この土屋ビルになってきた。しかもこの土屋ビルの所有権は、この佐藤明正君の手に帰属してきた、こういうことでございます。
○横錢委員 三十三年の三月三十一日に、千葉銀行東京支店の中において、加藤商会の佐藤真裕四十六才が、支店長の前に現われて服毒自殺をはかった事件がある。これは、新聞に報導された通りである。その事件によるならば、これは、田尻支店長の言では、心当りは全くない。薬をのんできていると言われても、半信半凝だった。銀行取引の内容については、お話しできない。
そうしてこのメンバーは、安宅産業、第一物産、第一通商、江商、白洋貿易、伊藤忠、兼松、加藤商会、丸紅、三菱商事、日商、大倉商事、新東亜交易、相互貿易、住友商事、東邦物産、東京食品、こういう商社が協議会に入っておるのでありますか。
次は一八九六号の石綿の輸入に関するものでございますが、これは昭和二十七年の二月から七月までの間に加藤商会外四会社から二百四十六トンあまりの石綿が六千五百余万円で購入されておるわけであります。