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66件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

1993-03-17 第126回国会 衆議院 政治改革に関する調査特別委員会 第3号

日本歴史を考えてみると、大正十四年までは制限選挙制でありましたけれども、これは小選挙区ですね、大体明治二十三年からほとんどの間は。その間においては、尾崎行雄という人は三重県から郷党の誇りとして常にコンスタントに出してきた。あるいは犬養木堂先生というのはやはり岡山の人が地域の誇り

亀井正夫

1991-09-12 第121回国会 衆議院 本会議 第8号

また、小選挙区制に比例代表制を並立させることによって、少数意見の国政への反映にもこれは十分配慮した問題であり、政策本位政党本位制度に変えていこうとしておるものであり、ここで引用されました小選挙制時代の問題については、これはやはり私は、大正十四年以前の、初回は明治二十二年のあの小選挙制度のときはいわゆる制限選挙であったわけでありますし、国内の事情も情勢も大きく違っておったものでありますから、きょう

海部俊樹

1991-03-13 第120回国会 衆議院 公職選挙法改正に関する調査特別委員会 第5号

ということを言われまして、「選挙権の要件」としては「制限選挙制から普通選挙制へ」それから「不平等選挙制から平等選挙制へ」という、これはそういう方向へ向かってきた。「選挙の方法」としては「間接選挙制から直接選挙制へ」、二番目は「強制投票制から任意投票制へ」、三番目は「公開投票制から秘密投票制へ」というふうに挙げられました。ここまでは全部憲法にも書かれているし、実行されている。

東中光雄

1989-11-17 第116回国会 衆議院 公職選挙法改正に関する調査特別委員会 第4号

お話しのとおり、かつて当初の選挙法、ある程度制限選挙時代には、選挙違反事件というものは買収演説会場の騒擾等非常に絞られておったわけですけれども、今はそうじゃなくなっている。しかし、最大の問題点というのは、候補者本人が処罰される機会というのは本当に指折りの記憶しかない程度だと思っています。

山花貞夫

1983-11-26 第100回国会 参議院 選挙制度に関する特別委員会 第4号

第一、自由化を言いながら非常な制限選挙になっている。先ほど、特に第三者が積極的に選挙に参加をし、出したいと思う候補者を支持したりあるいは政党を支持したりというチャンスが余りにも少ないということを冒頭申し上げました。この辺での法改正ということは抜本的に必要だというふうに私は思っております。  

紀平悌子

1983-11-24 第100回国会 参議院 法務委員会 第2号

なぜかといいますと、これは淵源を尋ねてみますと、制限選挙のころ、日本の。尾崎咢堂さんなんかが清き一票という言葉を使った始まりのようです。大正時代です。それは制限選挙買収が多かった。これは有権者も少なかったんですね、税金を何ぼ以上納めた者ということで。有権者も少ない。それからまた、要するに物すごい選挙干渉があったわけです。

秦野章

1983-10-07 第100回国会 衆議院 公職選挙法改正に関する調査特別委員会 第4号

堀委員 そこで要するに、日本個人本位選挙制度になっておるために、日本選挙法というのは制限選挙法なんですね。べからず、べからず、べからずというのが実は選挙法なんですよ。なぜそういうふうになっているかというと、私は、このべからずという選挙法の基本は、まさに個人本位選挙制度というものがもたらしておる結果だ、こういうふうに認識をしておるのですが、山本国家公安委員長いかがでしょうか。

堀昌雄

1982-08-12 第96回国会 衆議院 公職選挙法改正に関する調査特別委員会 第9号

そういう意味で、個人本位選挙制度から政党本位選挙制度に変えるということは、すでに先進諸国すべて実はそうなっているわけでありまして、かつて制限選挙時代には個人との結びつきというのはやむを得なかったと思うのでありますけれども、いまや膨大な、日本の場合には八千万の有権者がいるわけでございまして、この人たちが選ぶのならばやはり政党本位選挙になって、そして政治家有権者との結びつきが現状ではなくて、いまは

堀昌雄

1982-07-02 第96回国会 参議院 公職選挙法改正に関する特別委員会 第14号

委員以外の議員金丸三郎君) 選挙権選挙制度歴史を振り返ってみますと、先生もよく御承知のように昔は制限選挙制度でございました。今日は普通選挙が少なくとも先進国の間には行われ、憲法でも保障されておるわけでございます。だから、よほど特殊の事情がない限り、二十歳という選挙年齢に達しますれば、原則としてとでも申しましょうか、全部国民が特殊な例外を除いては持つ。

金丸三郎

1982-06-23 第96回国会 参議院 公職選挙法改正に関する特別委員会 第11号

申し上げるまでもなく、大正時代までは制限選挙でございました。選挙権というのはそのような過去に厳然たる歴史を経過してまいっております。今日は主権在民という憲法のもとでその選挙権をどのようなふうに解釈するかということになってまいり、論理的に申しまして主権在民という考え方からいまの選挙権を理解しようというようなふうになっておることは私も御指摘のとおりだと思います。  

金丸三郎

1974-04-08 第72回国会 参議院 公職選挙法改正に関する特別委員会 第3号

そういう中で、当然これはこういう選挙の自由について制限選挙立場から非常に現在の法律が問題になり、そして論議の的になったわけですから、そういう点から考えますというと、これは一方でそういうことがいま言われておりますけれども、選挙の自由の立場から考えたら、こういうことは明らかにこれは違反だと思うのですけれども、いまそういう問題について自治大臣考えておられますか、どうですか。

岩間正男

1974-04-08 第72回国会 参議院 公職選挙法改正に関する特別委員会 第3号

それをまた改正するといったら、選挙の自由というものはどんどんどんどん侵害されて、全く制限選挙になってしまうんですよ。だから、基本的にはこの選挙法に対する態度は自治大臣として、当然これは主権者選挙権の保障につながる問題でありますから、はっきりその点は立言されておいてもいいと思うのです。

岩間正男

1970-12-18 第64回国会 参議院 公職選挙法改正に関する特別委員会 第4号

二十三年の改正制限選挙法に対して——これは終戦後であります。これに対してはっきり反対している。選挙時におけるこの高揚ぐらい国民政治意識を前進させるときはないのだ。いろいろな政治運動はあるが、この選挙期間という、一カ月なら一カ月に限定されたその期間でほんとうに政策論議は深まり、国民意識は高まる。正しいものは正しい、黒は黒、白は白、はっきりしてくる。そうして行く方向というものを明確にする。

岩間正男

1970-11-06 第63回国会 参議院 公職選挙法改正に関する特別委員会 閉会後第3号

岩間正男君 中身を検討すればわかるんですが、自由化方向じゃなくて再び制限方向なんでしょう、そうすると、これは私はどうしてもこの六十一国会で公選法を改正したそもそもそのときの動機は何だったか、選挙の公正と自由を求める国民世論、これが非常に長い間制限選挙に対する反対をしておる。どうしても自由化を求める、当然このような下からの世論によってこれがなされたんじゃなかったかと思うんです。

岩間正男

1970-05-13 第63回国会 参議院 公職選挙法改正に関する特別委員会 第4号

昔のように有権者が非常に少なかった時代制限選挙時代でございますが、この当時は盛んに戸別訪問が行なわれておった。それを普通選挙の際に禁止しましたのは、全部の有権者戸別訪問するのはとてもかなわない、こういうことがあっただろうと思います。  もう一つは、受けるほう、選挙人立場からしても、入れかわり立ちかわりみんな来られたのではなかなかたいへんだ、こういう議論が過去においてあったように思います。

皆川迪夫