2004-03-23 第159回国会 衆議院 本会議 第17号
その後、初代環境庁長官に就任され、数々の施策を具体化することによって、先生は、現在の環境先進立国の基礎を築かれたのであります。(拍手) その後も先生のご活躍は、国政の各般にわたりとどまることを知らず、田中内閣においては防衛庁長官、第一次中曽根内閣においては通商産業大臣を歴任されました。
その後、初代環境庁長官に就任され、数々の施策を具体化することによって、先生は、現在の環境先進立国の基礎を築かれたのであります。(拍手) その後も先生のご活躍は、国政の各般にわたりとどまることを知らず、田中内閣においては防衛庁長官、第一次中曽根内閣においては通商産業大臣を歴任されました。
もちろん、大石武一初代環境庁長官が反対なさいまして尾瀬ヶ原の水力開発ということは差しとめられたという、非常に大変ないい仕事をされたわけでございますから、一概に物質だけで議論できる問題でもございませんけれども。 例えば、ラオスのために日本が賠償物資としてあそこに水力発電所をつくってあげているわけです。
○東(順)委員 それでは長官にお伺いしたいのですが、先月の二十三日でしたか、熊本で水俣病問題全国実行委員会というのが開催されて、ここで初代環境庁長官でもありました大石元環境庁長官が、命を守るという環境行政の理想がある時期から変質してしまったのではないかというような、そういう趣旨のあいさつをされたと伺いました。
初代環境庁長官であります、名長官と言われた大石さんに続いて、北川長官の名長官としての決断を僕は仰ぎたい。これは閣僚会議ででも何でも御発言をいただきたい、大蔵省に対しても。 今までの質疑を聞いておりますと、二千何百億円という金をまあまあ企業も出しておるでしょうが、国家も負担をしてきておるわけです。それは国際的な視野の中で広中委員も訴えておりました。
お答えにならずに、通産大臣の方が初代環境庁長官という立場かどうか知りませんが、環境庁の勧告権によってやってもらうんだ、こう言って答弁されたのですね。ということは、この問題について、本当にこれからの大きな開発として、環境庁は、環境問題ではわりに自然環境が守られている地域にこれから新しい高度技術を集積する自治体をつくろうということで、安易に考えておったのじゃないかということは想像できるわけですね。
○山中国務大臣 相談を受けたら受けたときに私の判断をいたしますが、まあ私が初代環境庁長官ということよりも、環境庁をつくるための法律の整備その他に公害担当大臣として費やしたエネルギーというものは大変なものがございました。したがって、そのことはやはり日本の政治、行政の上に反映させていくべきものであるという私の信念は変わっておりません。
それとスーパー林道、長野県のビーナスライン、これについては、事実上の初代環境庁長官である大石農林大臣がストップをかけた。それが今度、九月ですけれども、環境庁の方でゴーサインを出して、不完全な環境影響評価のもとに、これらが発足することになったようであります。現大石農林大臣も、農林大臣という立場だけれども私は反対だと意思表示があったかのように聞いております。
三木総理を初めとして、初代環境庁長官であった大石武一氏が農林大臣として閣僚に加わっておりますが、皮肉にもその大石初代環境庁長官が開発を一時ストップしたあの長野県のビーナスラインが、去る十六日環境影響評価も不完全なままで、開発の再開が環境庁によって認められたのであります。これに対していかがお思いでしょうか。感無量でしょうか。
○鶴園哲夫君 いまの答弁について伺いたいのですが、志布志湾の石油コンビナート、このときは、あそこはぽっくり国定公園が埋め立てられるものですから、当時の初代環境庁長官の大石さんが解除しないということがあって、そのままになっておるわけです。瀬戸内海にある石油工場を全部あそこへもっていくという、たいへん大きなものをつくるということでやったわけです。
たしかおたくの初代環境庁長官が、予算折衝のときに環境庁関係をはねられて、ファントム一機あったらなあと言って嘆かれた。これも大きく新聞に出ました。覚えていらっしゃるだろうと思うのであります。それが素朴な国民感情。同じ大臣で、席を列しておる環境庁長官自体がファントム一機あったらなあと言ったこのことばは、これは国民の素朴な声だと思っていいと私は思うのであります。
○長坂政府委員 先ほど申し上げましたように、着弾地というような場所がはたして水源涵養林に当たるものであるかどうかというような点も検討の対象にいたしておりますし、それから先生御指摘のような現防衛庁長官は初代環境庁長官である、そういう御趣旨もよくわかりますので、そういうような点、もろもろ考えまして、なお慎重に対処してまいりたいと思っております。
したがって、行きがかり上初代環境庁長官というわずかの期間でありましたが、就任をいたしましたことをまた非常な光栄に思ったのでありますけれども、その際、その反省のことばも入っているはずであります。
○国務大臣(山中貞則君) 環境庁長官はまだ沖繩の公害の実態までは勉強しておられないということでありますし、また、その時間も当然なかったと思いますので、初代環境庁長官でございました私から答弁をさせていただきます。