1981-03-20 第94回国会 参議院 決算委員会 第4号
というのは、分筆したときに長尾何がしかなる者が、その分筆届につけた図面、この番地の土地はこの辺にあるんですというので見ると、現在の地名からすれば、西山町にはほとんど入ってない、あるいは日之出町であるとか、あるいはいまの甲陽園目神山町であるとか、あるいは本庄町であるとか、だから、いつの間にか分筆したときに、分筆した人がここの場所にこういう土地を分筆したんですといって出したものが、いつの間にか違うところへ
というのは、分筆したときに長尾何がしかなる者が、その分筆届につけた図面、この番地の土地はこの辺にあるんですというので見ると、現在の地名からすれば、西山町にはほとんど入ってない、あるいは日之出町であるとか、あるいはいまの甲陽園目神山町であるとか、あるいは本庄町であるとか、だから、いつの間にか分筆したときに、分筆した人がここの場所にこういう土地を分筆したんですといって出したものが、いつの間にか違うところへ
○政府委員(中島一郎君) おっしゃるとおりに、五十二筆の土地につきましては、当時の分筆届書に添付されております分筆図面によりますと、現在の甲陽園山王町、あるいは甲陽園日之出町に所在するという推測が成り立つわけでありますけれども、いろいろ調査をいたしましたけれども、その土地の正しい土地がどこであるかということを確定することは、今日では不可能であります。