2020-03-03 第201回国会 参議院 予算委員会 第5号
私、今、出身校の高校の同窓会長をしているんですが、新しい卒業生の名簿を同窓会の事務局にくれない。数十、もうあと何年かたつと、同窓会の会員が減少して同窓会そのものが機能しなくなり、消滅してしまうというようなことにもなりかねません。もちろん、PTAもそうです。 私、そういうことを思いますと、本当にこの個人情報保護法というのは日本社会を萎縮させてしまうんじゃないかと。
私、今、出身校の高校の同窓会長をしているんですが、新しい卒業生の名簿を同窓会の事務局にくれない。数十、もうあと何年かたつと、同窓会の会員が減少して同窓会そのものが機能しなくなり、消滅してしまうというようなことにもなりかねません。もちろん、PTAもそうです。 私、そういうことを思いますと、本当にこの個人情報保護法というのは日本社会を萎縮させてしまうんじゃないかと。
しかしながら、現実は出身校や成績重視主義に偏りがちだと思います。学力はもちろん大切ですが、先生もおっしゃっていましたが、成績以外でも評価するべきものがあるのではないでしょうか。 渡辺参考人は、私のような勉強が苦手だった子供も含め、最も支援を必要とする子供たちが排除されないためには、学習支援事業の評価についてどのような点に留意すべきとお考えでしょうか。
私の出身校についても言及をしていただきました。おっしゃるとおり、武蔵というのは大変自由を重んじる学校でありまして、そこで私もいろいろなことを経験させていただきました。
現に、私どもの特別支援学校の卒業生には、卒業した後に自分の出身校の名前を言いたがらない卒業生もいます。また、日本では、障害者施策の理念として、ノーマライゼーションという言葉を使ってきました。特別、スペシャルというのはこのノーマライゼーションの理念にも反するのではないかと思います。 資料の二枚目に全国の視覚障害特別支援学校の一覧がありますので、御覧ください。
七万人は出身校が東京でない学生の数なんですよ。異なる性質、調査の数字を比較して、いわゆる七万人が十二万人の内数ではありませんよ。ここをはっきりしておかないと、主な要因は、大学の定員の増加等々によって起こっているということではないんですよ。ここのところは、私、認識をはっきりしてもらわないといけない。
その後、私も後で非常勤講師として十一年間出身校で教えていましたけど、物すごく私時代に比べると、学生、出席している人増えましたが、期末試験になると、何だ、こんなにいたのという、要するに、一つの教室で教えていたのが三教室か四教室でやるというぐらいで、明らかにみんなそんなにむちゃくちゃに勉強しているわけじゃないんですよね。 他国も確かに奨学金制度が発達している。
それから二番目は、伊藤参考人への質問なんですけれども、ちょっと関係ないんですけれども、私、伊藤先生の出身校とテニスで、伊藤さんという、テニスで負けたんですけれども、ひょっとすると伊藤先生かなと今思って。──違いましたか。ごめんなさい。
だから、労組の委員長は、その後、実はこう言っていまして、自分の出身校では、技術者である前に人間であれということで、どんなに優秀な整備士でも、その前に人間として心身とも健全でないと整備するに当たっていろいろチェックポイントを見逃す。そうした意味で、我々は、整備に集中できるように、人間として健全でいられる労働環境を求めていきたい。それが夜勤や単身赴任の問題、生活にかかわるお金の面であったりする。
きょう、これがラグビーの服装であるとよくおわかりで、実は、先ほどまで座っていらっしゃった松島副大臣の出身校が同じでして、私のOB会、二週間後に四十五歳になるんですけれども、この四十五歳でまだラグビーをしておりまして、伊東議員の高校とあした試合をすることになっておりまして、それで、きょうはちょっと準備で着させていただいております。余計な話で申しわけございません。
先ほどの教授のお話に戻るんですが、これは日本の大学を出た方なら十分わかっていることだろうと思うんですけれども、名立たる大学の教授の出身校はその母校である確率が非常に高いですね。それは私立も同様だろうと思います。大体八割から九割を母校出身者が占めているというのが日本の大学教授のあり方だろうと思うんです。
それらは、経済・金融、教育・外国語、出身校、よくアクセスするコミュニティーサイトなどを基に細かく分類されていたと。 こういうことが後から分かって、ペナルティーだということでいいのかということですね。
例えば、私の出身校であります慶応義塾大学は教職課程を二年生から専攻しますけれども、二年生の春、秋、三年生の春、秋と大変厳しい試験がありまして、その学内試験に通らないと免許を付与されない。三年生の秋で通れなかった時点でもう既に教職課程から追い出されてしまうというぐらいに厳しく査定をされます。
例えばある有名国立大学、これは大臣の出身校でありますけれども、受験者数、外科系が昭和四十年代は五年間で百七人いましたが、平成十年代は五年間で三十一人、七〇%減ですよ。それからいわゆる脳外科、これは一九九二年に全体で四百人いたのが、二〇〇九年には二百九十人まで減っているんですね。
そういう中で、実は先週の土曜日も私、たまたまでありますが、先生の出身校の横浜国立大学で教員免許の講習を受けておられる現場を見学させていただきました。十五名の先生が休日、まさにいろいろ、結構交通がそんなに便利なところでないところでありますが、来られて、費用を負担をして、そして大変熱心に勉強しておられました。
がここだから国会議員に出るべきじゃないとか、高校がここだから大臣にしてはいかぬとかいうような話にまた飛躍していくというのは、ちょっと私はするべき話とは思いませんが、やはり基本的には、地方とか海外とかいうのを若いときに経験しておくというのは、篠原さん、僕はこれはすごく大事な経験だ、私自身はそう思っておりますので、今この話を見て、大学以外に高校まで調べておられたので、私は、いろいろな方、今私の内閣の方々の出身校
例えば、審査委員の構成、それから、どういう分野であるか、どういう出身校であるか、今たまたま私学にいらっしゃっても、もとをただせば某国立大学じゃないか、こういったことまで含めて、かなりぎりぎり私はやったつもりでございます。 そういうことも含めて、過去においていろいろなことが言われたわけでありますから、そういうことが言われないようなシステムをつくっていく。
PLが好きだから、僕は愛媛だけど今年はPL応援するとかいうのはなかなかいないと思うんですけれども、やはり自分の出身校じゃなくても、そこのふるさとのチームが勝つということに物すごく愛着もありますし、誇りが生まれるということで、本当に野球でいう巨人や阪神のようなチームを私もサッカーを通してふるさとにつくりたいと。
例えば、一般校に教育実習に出向く学生たちにしてみれば、ほとんどが自分の出身校に行っています。附属の学校に行かれるケースももちろんありますが、一般校へ行くと、いわゆる学校現場としてみれば日常業務に大きな負担となる。この現実も、やはり先生方から何度も聞かせていただきました。
私は、この事実は私にとりまして、まあそれは私の出身校であるという偏見もあるかも分からぬけれども、大変悲しいことだと思うし、何か国が、さっき言いましたように、良い先生をつくるということが国の責任だという意識というものがいささか希薄ではないのかなということを想像させてしまう、そういう気持ちを持っております。
医学部の医師の定員増に関しては、私の地元新潟から、今、新潟大学、私の出身校ですけれども、新潟大学は百名になっております。これを百二十名にしてほしいという度々の陳情がございます。