2003-05-30 第156回国会 衆議院 厚生労働委員会 第19号
過去、准看護婦の養成に関しまして、民間医療機関において、准看学校に学び、卒業後は一定の期間、学生時代に在職した医療機関にお礼奉公と言われる勤務が義務づけられているということが多々ございました。 政府は、このお礼奉公システムというものについてどのように対応してこられたのか。
過去、准看護婦の養成に関しまして、民間医療機関において、准看学校に学び、卒業後は一定の期間、学生時代に在職した医療機関にお礼奉公と言われる勤務が義務づけられているということが多々ございました。 政府は、このお礼奉公システムというものについてどのように対応してこられたのか。
例えば、看護だけを考えましても、今、高等学校を卒業している女子のうち五万五千人くらい、ですから全体の七%くらいに当たる人たちが看護学校、准看学校に入っている、こんなことでございまして、少子化の中でこれからこれ以上の人をこの分野にふやす、高卒者をふやすというのはなかなかこれは容易なことではないと思います。
まだまだ足りないけれども、やがてはそういうふうになるんだということでこういう報告が出されたということでございまして、確かに制度創設のときと比べますと、今やもう准看学校に入っている人の九五%以上は高卒になつちゃっている。
確かにこういう点が非常に魅力で准看学校に入ってくる人もいるわけでございます。しかし、考えてみますと、半ば強制的に医療機関で働かなきゃいけない。奨学金も借りなきゃいけない。卒業したらそれを返すために何年間か義務づけで働かなきゃいけない。
現に准看学校を卒業しましてからすぐにそのまま准看にならずに三〇%以上の人が進学コースへ行ってしまう。そして、准看護婦の学校に入ってくる人たちはほとんど高卒でございますから、本当でしたら三年で看護婦になれるところを、准看学校に行き、そして進学コースに行き、四年なり五年なりかけて二つの学校を卒業している、こういうことでございます。
○古堅委員 沖縄愛楽園附属の准看学校も、今ありました御意向のように、いずれは正看学校との関係で検討される時が来るものだというふうに思われるのですね。そこで、問題を提起してぜひ御検討願いたい、そのことについて申し上げたいと思います。
○古堅委員 重ねて念を押してお聞きしますけれども、正看学校との関係で、今ある十三施設の全国の厚生省管轄の准看学校、それをいずれ、困難な条件があるのだが検討していく方向だというふうにおっしゃいます。この沖縄の愛楽園も、愛楽園のある地域の状況に照らしてみれば、その困難性というのは非常に強いものがある。
○古堅委員 かつて厚生省管轄の准看学校が全国に八十校ほどあったというふうに聞いております。これが正看学校との関係ではどんな対策をこれまで進めてこられたのか、そして、現在この准看学校なるものが何校ほど残されているのか、さらに、残された准看学校に対して今後どういう対策を進められようとしておるのか、そこらあたりをお聞かせください。
医院や病院で見習い看護婦として働きながら二年制の准看学校に通い、知事免許を得る。卒後、その医師のもとで二、三年間、お礼奉公する。病院や医院は、合わせて四、五年間は安上がりに人手を確保できる」として、「医療界の常識は、世間の非常識」と指摘しているところです。 そこで、厚生省にお聞きしますが、こういう慣習、制度、仕組みがあるということを御存じでしょうか。
○西山登紀子君 京都の例ですけれども、京都市のある病院に勤めながら准看学校に通っていた十八歳の方のお話を私は直接伺ってまいりました。
○西山登紀子君 もっとひどい例もあるんですが、ことしの二月三日の北海道新聞でも報道されておりますけれども、室蘭市の病院の推薦で医師会立准看学校に入学して地元の病院に勤務しながら通学していた四人の学生が、卒業後は最低三年間勤務し、この条件を守れない場合には二百万円の違約金を支払うという内容の誓約書を交わしていたというものです。
またその後、志望者の要請に応じまして、さらに高校衛生看護科の定時制というのも設けだというような背景がございまして、そのときどきの要請に合わせて養成校の形ができたということで、結果的には中卒の准看というところが、中卒から准看学校に行く、それから全日制の三年コースの高校衛生看護科に行く、また定時制の四年制の高校衛生看護科に行く、こういうようなことになったわけでございます。
准看の廃止に関する御質問でございますが、現在はどういうふうにそれについて考えておるかと申しますと、これは昭和六十二年の四月に看護制度検討会の報告書が出ておりまして、その中では存続とそれから廃止の両論という形になっておりまして、そういう結論ではありますけれども、先生が御指摘のような看護職員の資質を高めるということで、将来に向かっては看護婦と准看護婦の比率を看の方を高めていきましょうとか、それから准看学校
それから隣りの山口を見ますと、准看学校、看護婦の学校が多くて、一つだけ文化服装専門学校がある。それから四国へ渡りますと日清紡、東洋紡、それからさらには倉敷紡績とか、まあいわゆる産業面に直接関係しておるところがある。 こういうようなことでございますが、古村局長、モデル県といったらこの中でどの辺のところになるのでしょうか。
高等学校を卒業して准看学校に入ってくる人たちは、知らないで来たなんというのは高等学校の進学指導ができていないからでございますし、これは厚生省の側から高等学校にそういうことをちゃんと指導してないからそういう結果が今日でもまだある。昭和二十六年に出発し二十四年もたっている制度でございますのに、そういう間違いと申しますか、不認識なものが残っているというのは大変に残念なことだと思います。
○寺尾参考人 今度改正になります高校卒一年以上ということは、現在の医師会の経営しております准看学校に当てはめてみますと、何ら変わりがないわけでございます。一年以上ということで、私どもは二年、いままでも二年でございましたが、やはり千四百十時間を二年間で行なう予定にしております。
高等学校を出て、それで二年の准看学校へ行ったのがございます。そういう人はどういう待遇になっていますか。
それから「各地区医師会の准看学校は将来看護婦学校として地域における看護婦充足の重要な役割を果させるべきである。」云々ということが出ている。いま、看護協会と私との対立は、いまの准看六年以上で国家試験ということになっている。高い技術、いわゆる高い看護婦というものを要求している。ところが、天下を支配なさる自民党案はこういうものなんです。
そのくせ、高等看護学院の数よりも准看学校の数がどんどんふえている。根本的に何を考えていらっしゃるんだか私どもにはわからない。それでもいいでしょう。准看をそういうふうにきびしい規制でいかれることはけっこうでございます。それならば、准看にやらしちゃならない仕事をやらしているのはどうお考えですか。
准看学校を出て、さらにまた夜間高校に四年間通う。その四年間夜間高校に通うのには、非常に勤務上の摩擦が出てくるわけであります。と言いますのは、夜間高校でありますから、五時から十時ごろまで。ところが、それが女の子にとっては、おけいこをしたりするゴールデンアワーになりまして、他の者に全部しわ寄せがいくんですね、勤務割りで。
それよりもむしろ准看学校を終えてから、さらに四年間行かねばならぬというのがかわいそうなんですね。だから、私が申し上げるのは、それなら、午後行っておるところの医師会学校なんかでも——一部は、医師会学校の中でいままでの准看学校をそのままやってもいいです。
したがって、このような分派活動的なこの准看学校、養成所を保険医協会が独自の立場でつくるということにおきましては、医師会がこれをその意味において承認するわけにはまいらないのであります。
第二には、協会はなぜあのめんどうな准看学校をみずから設立せねばならなかったか。第三には、協会の協同組合立の准看学校の設立の認可が病院におりなかった、それは何か。これは裏返しまするというと、実習病院はなぜ獲得できなかったかという問題。