1949-04-27 第5回国会 衆議院 外務委員会 第8号
昨年の夏過ぎから、何とか冬を越さないように、引揚げを昨年中にでも終るようにしたいという切望がありまして、司令部の方からも、冬季引揚げを継続するようにできないかという交渉が、ソ連との間に昨年の十月中旬に行われたわけでありますが、結局のところ、その冬季継続の希望は達せられなかつたわけであります。
昨年の夏過ぎから、何とか冬を越さないように、引揚げを昨年中にでも終るようにしたいという切望がありまして、司令部の方からも、冬季引揚げを継続するようにできないかという交渉が、ソ連との間に昨年の十月中旬に行われたわけでありますが、結局のところ、その冬季継続の希望は達せられなかつたわけであります。
○倭島政府委員 碎氷船の問題は、これは一再ならず日本政府の方でも、日本政府と司令部の係の方との話ではしよつちゆう出まして、これは昨年十月中旬に、さつき申し上げましたが、冬季継続をしたいというときにも、日本政府としましては碎氷船の具体的見当までつけて、いつでも送れるように用意をした上で、司令部の方からソ連の方へ、いつでも碎氷船を送るという交渉があつたものと承知をしております。
現在焦眉の問題となつておりますのは、ソ連地区からの引揚げでございまして、特にこの冬継続して引揚げを行われるようにということは、御承知の通り政府より総司令部にお願いしてあり、司令部といたしましても、ソ連政府に冬季引揚げ継続に関して碎氷船堤供などを提議いたしまして、冬季継続方を提議いたしておる次第であります。
それによりますと、ちようど司令部から冬季継続の交渉の申出をしたとほとんど同じころに、ソ連の方から、引揚げる費用を日本政府は拂うことになつておるが、その問題について協議をしたいという申出があつた模様であります。
その冬季継続の問題につきましては、司令部の発表が十月の二十五日にございました。その司令部の発表に大分詳しく経緯が書いてございまして、新聞で御存じのことと思いますが、なおその要点を二、三申し上げますと、むしろ説明を簡單にするために、司令部の発表の一部分を繰返して読み上げた方が早いかと思いますが、これは十月二十五日の司令部の発表でございます。