1966-04-15 第51回国会 衆議院 法務委員会 第27号
いまの柴田学長やあるいは徳富、頭山その他の先生の御好意によりまして、私が昭和十四年の十月に共産地区でいわゆる産業技術の指導というのを行ないまして、非常に喜ばれまして、そこの援助をした人は、たしかここに田村さんという議員がおいでになるそうでございますが、そのおとうさんあたりに、たいへん力を入れていただきまして、それで田村先生のおとうさんは向こうからたくさんの技術家を連れてきて、日本へ御案内になり、それらの
いまの柴田学長やあるいは徳富、頭山その他の先生の御好意によりまして、私が昭和十四年の十月に共産地区でいわゆる産業技術の指導というのを行ないまして、非常に喜ばれまして、そこの援助をした人は、たしかここに田村さんという議員がおいでになるそうでございますが、そのおとうさんあたりに、たいへん力を入れていただきまして、それで田村先生のおとうさんは向こうからたくさんの技術家を連れてきて、日本へ御案内になり、それらの
○国務大臣(小坂善太郎君) まあこの分裂国家の場合、非常にむずかしいので、その時点においていろいろ比較考慮をして考えていくほかはないと思いますが、原則的に北は全部だめだと——北と申しますか、共産地区は全部だめだということで考えるのはどうかと思います。やはり時点々々でいろいろな考慮が必要だと思います。
○参事(小沢俊郎君) 私、千葉さんからお伺いしているのは、東南アジアの共産地区側に入ろうとして、そしてそこで射殺された、こういうことだけしか伺っておりません。
もし辻氏が殺されたということになれば、これは重大な問題であって、たとえば共産地区と辻氏が連絡をとって、何か向こうの仕事をするのではないかということから、反共の某軍の出先機関に殺されたというふうなことも、これは仮説としてはあり得ないことではないと私は思うのです。
……われわれは、中国を取り巻く諸民族が、われわれの支援の下に、中国の共産地区にたいして、いつかは軍事行動をとりうるようになるまで、無期限に援助を与えつづけるであろう……」なお、この政府の刊行物は、これを解説して、これについて、アメリカの国務省のロバートソン前国務次官補の言葉が引用されている。
われわれもこれを立案いたしましたときには、中国はもちろん共産地区であり、一手購入の機関が先方にあるわけではございますが、あまりソ連圏を対象にして実は考えていなかったわけであります。
○愛知国務大臣 まず石炭の問題でありますが、ただいま伊藤さんから非常に御同情のあるお言葉をいただいてまことに感謝するわけでありますが、実は最近におきまして東西貿易その他の関係から、従来のいわゆる共産地区からの石炭の輸入につきまして、進歩政党方面からも具体的な事例につきまして非常な御要望がございます。
(拍手)ジュネーヴ会議を前にしてアジア社会党会議の幹事会は、共産地区たると要欧政治勢力圏たるとを問わず、一切のコロニアニズムの清算を要請しております。アジアの諸民族だけではありません。全世界の諸民族がすべての他国の植民地奴隷になることを欲していないのであります。(「そうだ」と呼ぶ者あり)夷を以て夷を制する。
視察中調査班が民間放送側から特に陳情を受けた事項としては、一つはラジオ九州からの空中線電力増強の問題でありまして、同社が割当てられた周波数は、外国電波との混信によつて、すでに二回も変更を余儀なくされたのであるが、本年八月から使用を始めた千百九十キロサイクルの周波数も、また沖繩のVOA放送周波数千百八十キロサイクルとの混信、及びこのVOAの聴取妨害を目的とすると思われる共産地区からの電波との混信を生じ
次に国際電波戦対策についてでありますが、九州地区は地理的関係上、共産地区から強力な電波による宣伝及び混信による聴取の妨害を受ける危険が多いのでありまするから、電波周波数の割当及び放送局の出力について適切な施設を講ずるよう常に配意せらるることが肝要であると存ぜられるのであります。 次にNHK長崎放送局の施設改善につきましてであります。
それからもう一つそれに関連して伺いたいのは、中共地区を含みます共産地区との貿易につきまして、アメリカ側と打合せをしてやるというような条項なり、または了解事項がつくかつかないか、その二点をMSA問題に関連してお尋ねいたします。
そうしてこの五月七日後、その影響のもとにおいて、この文書によりましても、ただちに学生から自由労組の方に連絡をとり、もうすでに夜の明けるころには学校に相当な人が集まつておる、またその日も幾たびかそういつだ自由労組、朝鮮人が来ておる、また一面共産地区の委員会との連絡もあります。
これは現在のところは共産地区に出るものは、中共に出るものは承認はおろさないという方針で……、併し絶対に禁止しておるということは法律で書いておるのではないのでありますが、そういう意向が通産省のほうに内示されております。
もう一册の台湾の方の友人が呉れたパンフレットを見ますと、反共という言葉を謳つてあります、これには共産地区というものは実に、もう独裁で個人の自由は奪われ、税金は非常に高い、もう人民は奴隷の生活をしてもう今にも耐えられない、必ずこれは直ぐに潰れる、こういうことを書いてあります。これは両極端のことを書いてある。
しかしながら漸次中共地区からの通信も参るようになりまして、また受取り側の留守家族の方から見ますと、これは非常に不公平な状態になつておりますので、当然特別未帰還者給与法を、中共地区の未帰還者の留守家族にも適出して行くという趣旨を述べまして、この機会にソビエト地区だけでなく、いわゆる三十八度以北の北鮮及び北緯五十度以南の樺太、それから千島、それに中国共産地区、これだけのものを含めました留守家族にも、この
それから奉天に二十八日に着いたのですが、奉天では二泊しまして、出発前の二十九日に、日僑管理委員会の副主席である趙安博氏、これは日僑管理委員会主催の下に行われたところの日本人の還送大会、この日には非常に盛大でありまして、映画などを見せて呉れましたが、特に趙安博氏は、あなた方は過去三年、敗戰して四年間、中国の共産地区の建設に大なり小なりの協力をして頂いたことに深甚の謝意を表するものである。
こういうことを考えますと、結局非共産地区との貿易の発展をはかるということが日本の生命線である。そういう点から申しますると、東南アジアの日本のマーケットというものは、日本にとつて非常に大事なところと思います。ところがそれが大体においてポンド・ブロックである。
そうであるにもかかわらず往往にしてソビエトがいけない、あるいは中國共産地区がいけない、共産主義のやつはいけない、こういうものの見方は非常に間違いだと思う。私はきのうまでは北海道におりましたが、北海道においても非常に魚がとれなくなつておる。統計なんかを見ると、樺太とか沿海州において魚がよけいとれる。
○證人(梁瀬美智子君) 元山の方では共産地区と連絡の下でちやんと宿をとつて置いて呉れたのです。元山旅館といつて大きな旅館で泊らして貰つた。南鮮の方に來るとそうじやなくて收容所というような所で泊つたのです。
大体この地区にはまだ十二、三万の同胞が残つておりまして、これらの中國共産地区は現在の連合國当局におきましても、全く交渉相手にならないという地区でありまして、この引揚促進につきまして殆ど術策を施すべき術もないような状態で今日まで來たのであります。