1983-11-22 第100回国会 参議院 行政改革に関する特別委員会 第3号
こういう独自の主張をしないでそういうことをやっていくと戦前の日独伊防共協定、あのときも共産主義反対、共産主義反対と言って侵略に進んでいったのです。今度もまた共産主義反対などと言って進んでいくという歴史のそういう反省をいまこそすべきではないかと思うのですが、あなたは首相として戦前のあの不幸な日本の歩みから、またいまの事態からどうお考えになるのか、最後にお伺いしたいと思います。
こういう独自の主張をしないでそういうことをやっていくと戦前の日独伊防共協定、あのときも共産主義反対、共産主義反対と言って侵略に進んでいったのです。今度もまた共産主義反対などと言って進んでいくという歴史のそういう反省をいまこそすべきではないかと思うのですが、あなたは首相として戦前のあの不幸な日本の歩みから、またいまの事態からどうお考えになるのか、最後にお伺いしたいと思います。
○国務大臣(福田赳夫君) 私も勝共連合というのは承知しておりますが、この共産主義反対という点ですね、これなんかにつきましては私どもと同じような考え方を持っておる。そういう意味合いにおきましては、私は自由民主党の長老であろうが中堅であろうが若手であろうが、どなたであろうとも、それはその思いを同じゅうするという、そういう点について意見を述べるということについては、私は別に何のことはないと思います。
○内藤功君 お聞きのように、共産主義反対なら中身が何でも……。政府として、よくおわかりにならないと正直に言われたんだから、勝共連合・統一協会の活動について、いま私の言ったような違法、不当な行為をこの際徹底的に調べるべきじゃないかと思いますが、いかがですか。
○国務大臣(福田赳夫君) 余り勝共連合の中身につきましては承知しませんけれども、共産主義反対と、こういうたてまえについて私どもは共感を覚えておる、こういうことを申し上げております。
○上田耕一郎君 共産主義反対の自民党の総裁の三木さんが、本当にそういう社会主義国と正しい意味での平和共存の方向を進められるかどうか、これ、今後の問題として見ていきたいと思いますけれども、私、もう一つ問題にしたい。 最近新聞で報道されましたが、西ドイツの週刊誌シュピーゲルは九日発行の同誌で、故佐藤榮作元首相とのインタビュー記事を掲載した。これは佐藤氏が病気で倒れる二、三日前に行われたものだ。
この中で私が非常にうれしく思うのは、理屈はどうであれ、殺人というようなことを犯してきた場合に、日本人の道義心が、簡単にそういう問題を、政治犯じゃ、共産主義反対じゃ、だから擁護してやれと言わんばかりのことには抵抗を感ずる。こういう考え方が出ておることは、私は非常に頼もしく感ずるわけですよ。大臣、そんなあなたの処置にみんなが納得しておるなんていうことは、それはちょっと思い過ぎですよ。
今日、吉田内閣は共産主義反対、反共ということをば一枚看板にして、政局に立つておられるのであります。共産主義に反対するという立場におきましては、自由党の諸君とは、その基礎において違うところはありますけれども、我々日本社会党も又共産主義には反対であります。
つたことでありますけれども、共産党の行動というものが如何なるところの理論的な基礎において、それが行われておるかということに対する、多くの政治家というものの認識の欠除でありまして、これは本委員会において特に私が吉田首相及び樋貝、殖田その他のいわゆる治安閣僚を招致いたしまして、この問題について多くの言を費して質問し、論戰をいたしたのでありますが、吉田内閣総理大臣を初め、治安閣僚の当局というものが、共産主義撲滅、或いは共産主義反対
併し大体において私はそういうふうに共産主義の思想を持つておつたが、この宮久三治というのは共産主義反対の地主派のこちこちで、戰爭後になりましてから殆んど私を中心にする農民組合関係と、それから宮久三治が地主組合を……大分縣に土地協議会というものがありまして、あれは解散を命ぜられましたが、宮久三治を中心にした地主組合と、共産党を中心にする農民組合とがあつて、村内も二つに対立して、昔の政友会、民政党とが殆んど