2014-10-30 第187回国会 衆議院 予算委員会 第4号
これから導き出されてきた第九条は、日本人の多くに膾炙した絶対平和という、いわば非常に危険な共同幻想というものを導き出したわけでありまして、九条がそれを如実に反映しているわけですけれども。これは、今日の緊迫した世界情勢の中での、集団的自衛権に関する正当な議論の大きな妨げになっているわけです。これは、私は、やはり憲法の前文としても非常に厄介な、危険な事例だと思いますよ。
これから導き出されてきた第九条は、日本人の多くに膾炙した絶対平和という、いわば非常に危険な共同幻想というものを導き出したわけでありまして、九条がそれを如実に反映しているわけですけれども。これは、今日の緊迫した世界情勢の中での、集団的自衛権に関する正当な議論の大きな妨げになっているわけです。これは、私は、やはり憲法の前文としても非常に厄介な、危険な事例だと思いますよ。
日本に対して絶対平和という非現実的な共同幻想を押しつけた元凶である占領憲法を大幅に改正し、国家、民族を真なる自立に導き、国家を蘇生させることは、我が日本維新の会の綱領であり、安全保障はその自立、独立の根幹であります。そしてまた、国家の重要課題であると考えております。 それでは、質問に入らせていただきます。
日本語の助詞、間投詞というのは非常に大事でして、これ一つ間違うと、全然その作品の印象、文章の印象も違ってくるんですけれども、これを全く無視した、日本語の体をなしていない、英文和訳とすれば七十点もいかないような、こういう文章でつづられた憲法が、実はいまだにとにかく破棄も廃棄もされずに、非常に、これが醸し出した、吉本隆明の言葉じゃないけれども、絶対平和という一種の共同幻想というもので日本をだめにしてきたんです
国というのは何かというのは、いろいろ人によってその解釈と定義が違うということだと私は思っておりますが、おおむね、この国の定義については、今伊吹大臣がおっしゃったように、統治機構まで含めるかどうか、それは私もどうかなと思いますけれども、今おっしゃったような、これまでの日本というものを、それぞれの頭の中にある、共同で持つ、昔は共同幻想論という言葉がありましたけれども、そういうものでつくり上げられたものが
規制は、公正中立の行政がつくって、そして執行する、民間はそれに従わなければならない、そういう共同幻想から一刻も早く脱すべきだ。ルールの作成自体は、民間も関与しながら、そして政治の正当性を得て行い、そのルールの執行は、これまで以上に厳格な倫理性、中立性、透明性を持った行政が行うことを原則とする。つまり、ルール作成自体への、そこの民主化、これが非常に必要である。
そういうふうになると、日本の中だけで、身内の中だけで、国債は消化されているし大丈夫だ、そういうまさに共同幻想に酔いしれているような、そういう状況になるんじゃないですか。 今や、IRという言葉がありますよね。
これは、考え方は、物すごく単純化すれば、格付が間違っているか、市場が御指摘のように共同幻想を持って何か間違っているか、どちらが正しいかはよくわかりません。しかし、こうしたことがリスクがあるということを考慮に置いて運営していくのが政策当局の責任だと思います。
○塩崎委員 国家は共同幻想かなんという青臭い議論を昔はよくしたわけでありますが、それぞれの地域地域で、あるいは国全体でもいいわけでありますけれども、やはり、最近のはやりの言葉で言えば、ガバナンスの仕組みみたいなものが本当に随分変わってしまってきているんだろうと思うんです。