1948-03-30 第2回国会 参議院 司法委員会 第9号
本法によつて救濟の對象となりまする不法な拘束には、公權力による場合と、個人の私力による場合とあります。即ち第一は刑事事件又は行政事件に關しまして公權力による不法拘束であります。例えば司法官憲の正當の令状なくして逮捕又は勾留する場合、勾留の原因が消滅しておるに拘わらず勾留を取消さないで繼續する場合、勾留の更新決定の手續をしないで勾留を繼續する場合等に生ずるのであります。
本法によつて救濟の對象となりまする不法な拘束には、公權力による場合と、個人の私力による場合とあります。即ち第一は刑事事件又は行政事件に關しまして公權力による不法拘束であります。例えば司法官憲の正當の令状なくして逮捕又は勾留する場合、勾留の原因が消滅しておるに拘わらず勾留を取消さないで繼續する場合、勾留の更新決定の手續をしないで勾留を繼續する場合等に生ずるのであります。
又本法は公權力によつて身體の自由が侵害された場合に限らず、私力即ち個人又は團體に力によつて、身體の自由が侵害された場合、例えば法律上の正當な手續によらないで、精神病院又は私宅監置室に監置したり、未成年者をその監護權のない者が懲戒場に入れたり、坑夫を監獄部屋に入れて勞役に服させたり、その他政爭關係、選擧の關係、勞働爭議等の關係から、反對側の要人を抑留したり、軟禁したりする場合にも、その不法な自由侵害を
殊に刑事事件とは關係なしに、國家の公權力によらないで、私人又は私人團體の力によつて、不法に自由を拘束された場合、例えば精神病者であるとして、法規の手續によらないで監置されたり、或いは政爭關係、選擧關係、勞働爭議の關係等から、反對側の暴力又は強制によつて、抑留若しくは拘禁されたりした場合等に、これら不法の拘束を現實に排除して、迅速に身體の自由を取りもどすために適切な法律上の手段方法は缺けておるのであります
國家賠償法によりますと、「國又は公共團體の公權力の行使に當る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、國又は公共團體が、これを賠償する責に任ずる。」という規定があります。
ちよつと附加えておきますが、憲法の三十五條以前におきましては、少くとも公權力を以て本法案に書いてありまする事務所、その他の場所に管理者の承諾を得ずして入ることは、絶對に憲法は許さないものだと理解しております。
ここにいわゆる違法なりや違法ならずやということは、そうしたいわゆる公權力行使の公務員の行爲が適法なりや否やということに、私共は了解してよろしいのでありまするか、重ねて一つ伺いたいと思います。
○松井道夫君 只今の御答辯は民法の原則と異なるものではないということで、その點は從前通りでございまして、了承いたすわけなんでありまするが、その實際の適用に當りまして、公權力の行使という特殊な事實から、いろいろ立證責任その他が轉換されるというようなことで、要するに國家賠償法が皆さんが心配していらつしやるように、国家不賠償法になりはせんか、かようなことを恐れているのでありまして、實は只今の質問は、私民事局長
私は第一條の場合は公權力であるから、無論第二條であると考えるのでありますが、その點を明らかにして頂きたいのであります。 それから第三には第三條でありますが、第三條の現在における具體例を、一つでも二つでもよろしうございますが、ありましたらお伺いしたいのであります。 最後には第一條であります。
第一條によりますと、公權力の行使という場合を取上げておられるのでありますが、憲法の規定によりまして行政裁判所というものは認めないのである。さように解釋せられております。
第一點は、國の公權力の行使の場合だけに限つてここへ規定したのは、どうかというと、竝びに民法の中の不法行爲の中に規定してもいいではなかつたかというふうな御質問と承わりました。
次に公吏が過去におきましては公權力の行使にあたつて、國民に違法の損害を與えましたことは、それが多かつたこと、及び被害者たる國民がこれに對して救済の方法を求め得なかつたということは事實であります。われわれはこのような過去の公務員の制度を一變せしめんとしているのであります。過去の國家及び公共團體の性格を一變せしめんとしているのであります。
第一條の修正は、先ほども佐瀬君がことこまかに述べられたとおりでありますが、この公務員の故意過失に關しまする立證、すなわち國家、公共團體の方面において、その公權力を行使するところの公務員の職務執行の上において故意過失がなかりしことを立證することは、よほどこれは困難であるという政府委員の御説明であつたのであります。私どももこれに對しては同感の意を表するものであります。
新憲法におきまして公權力の行使にあたる公務員による損害賠償の責任を明記いたしましたことは、新しい立法面の進歩性を物語るものでありまして、まことに慶賀にたえない次第であります。國家賠償法は憲法の趣旨によつて立案せられたものであり、これによつて従來重大な損害をこうむりましたものが、何らそれに對して救済の方途を講ずることができないで、泣寝入りになつたような次第であつたわけであります。
○奧野政府委員 従來は公權力の発動の場合は國家に全然責任がないという建前で、従つてこれを行使する個人たる公務員にも責任がないという理論で一貫しておつたのでありますが、今度は國家賠償の責任があるということになりますれば、それの執行に當る公務員にいつても變つてくるではないかという意味で、解釋を委ねることになつております。
第一點は、憲法には廣く公務員の不法行為となつていて必ずしも公權力の行使の場合に限定してないではないかという點でありますが、公權力行使以外の場合においては、いわゆる一般的に民法の規定によつて損害賠償の責がうことになりますので、従來公權力の行使の場合に限つて國が損害賠償の責がないということになつていた點を改めて、公權力行使の場合においても國が責任があるということを規定したのであります。
無過失であつたということの立證は、あるいは非常に困難であろうと思いますが、そうなるとほとんど無過失損害賠償と同様な結果になつて、そういたしますと濫償の弊を伴い、國家財政の点から考えましても、これは憂うべきことになることを考えなければならないという点、竝びに國家の公權力の行使の場合に限つて、過失のないことを國家に立證責任を負わせますことは、公權力の行使以外の場合の不法行為の場合において、原告の方、すなわち
○奧野政府委員 私の言葉があるいは誤解を招いたかとも思いますが、私の趣旨はいわゆる國家の公權力の行使でない。私經濟事業の場合において、たとえば鐵道の運送というような場合において、これは民法の適用がある。
○奧野政府委員 從來國または公共團體の公權力の行使の場合における損害賠償については、判例、學説ともにこれを否定しておつたのであります。
○奧野政府委員 公權力と申しますのは、大對警察權あるいは司法權あるいは財政權と申しますか、税金の賦課徴収といつたような場合もいろいろありましようが、そういうものがいわゆる公權力に該當するというふうに考えております。
○鍛冶委員 先ほど公團の話が出ましたが、今設けられている公團法による公團の場合は、公權力の行使といつて差支えございませんでしようか。
○奧野政府委員 お説のように結局今までは、國または公共團體の公權力の行使の結果の損害賠償については、かかつていけなかつたのでありますが、この法律によつて賠償が請求できることになつたわけでありますから、結局すべての不法行為について、私人であると國家であると公共團體であるとを問わず、またそれが公權力の行使であると、司法関係の不法行為であるとを問わず、結局民法七百九條とこの國家賠償法によつて、完全に賠償の