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1804件の議事録が該当しました。
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該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

2005-06-30 第162回国会 衆議院 郵政民営化に関する特別委員会 第21号

今までの記録を見ますと、国会史上最長の質疑時間を要しました特別委員会は、非常に昔懐かしの話でございますが、昭和三十五年の日米安全保障条約等特別委員会、有名な小沢一郎先生の御尊父が委員長をお務めになりました、小沢佐重喜委員長のもとで百三十六時間十三分という大記録がございますが、これは何しろ安保条約改定に関する委員会でございますので、大変な審議時間をおやりになったと思います。  

山崎拓

1994-01-13 第128回国会 参議院 政治改革に関する特別委員会 第12号

昭和二十二年に、当時大選挙区からこれを中選挙区に直すときに小沢佐重喜委員という方が、これは小沢一郎議員のお父様と伺っておりますが、提案理由の中でこういうことを言っております。   わが国において小選挙区制で総選挙が施行されたことは、六回の経験をもつものであります。しかしながらこの六回の経験の結果は、少なくとも次に述べるような欠陥のあることが、明瞭にされたのであります。

野沢太三

1994-01-06 第128回国会 参議院 政治改革に関する特別委員会 第7号

○国務大臣佐藤観樹君) 今、吉川委員が読み上げられましたように、小沢佐重喜議員がそのように申していることは私たちも十分存じておるわけであります。  ただ、我々がこれから目指しております選挙制度というのは、単に小選挙区制ということだけではなくて、小選挙比例代表並立制ということで、政党中心にしていこう、政策本位ということでございまして、戦前と比べてまず基盤が違うと私たちは思っております。  

佐藤観樹

1994-01-06 第128回国会 参議院 政治改革に関する特別委員会 第7号

続いて伺いますけれども、昭和二十二年中選挙区制に変更する際に、衆議院では小沢佐重喜議員がいかに小選挙区制の弊害が多い選挙であったかという論を展開しております。この小沢佐重喜議員というのは小沢一郎氏のお父上であるそうでありまして、さすがに立派な論を展開しておられるわけです。  

吉川春子

1993-11-16 第128回国会 衆議院 政治改革に関する調査特別委員会 第18号

金がかからなくなるかということでいえば、有名な大正十一年の加藤高明、当時の総理発言、それから尾崎行雄昭和四年の国会での発言、それから昭和二十二年の小沢佐重喜氏の発言、これはもうみんな、むしろ小選挙区になったら狭くなって激しくなって情実本位になって、金権、金がかかるんだと言うてますよ。現在も、例えば韓国でいえばそういうことですね。

東中光雄

1993-10-28 第128回国会 衆議院 政治改革に関する調査特別委員会 第11号

というのは、かつて昭和二十二年に、今の小沢一郎さんのお父様小沢佐重喜さんが、あの小選挙区制を廃して中選挙区制をとるという理由の中に、やはり過去の小選挙区制というのは、買収、供応が非常に横行して金がかかる選挙になった、だから今の中選挙区制に変えなきゃならぬという提案理由説明をやりましたような懸念があるわけです。  

大内啓伍

1993-10-26 第128回国会 衆議院 政治改革に関する調査特別委員会 第9号

現在の中選挙区になったときの提案者は、御存じのとおり小沢さんのお父さんですね、小沢佐重喜議員でありますけれども、その提案理由も、やはりそういう過去の戦前歴史を踏まえた、あるいは尾崎さんや齋藤さんの演説を踏まえたもので、選挙抗争が非常に激烈になる、その結果、情実投票買収が横行するというのが理由の大きな一つになっています。  私は、日本歴史が証明していると思うんです。

松本善明

1991-09-27 第121回国会 衆議院 政治改革に関する特別委員会 第7号

また、昭和二十二年に我が国が中選挙区制を導入した際にも、大先輩小沢佐重喜先生が小選挙区制を採用し得ない理由として、小選挙制は選挙抗争が非常に激烈になり、その結果は当然の事実として情実投票買収が横行するとされて、金がかかることが小選挙区制の欠陥であるというふうにされているところでもございます。  

尾身幸次

1991-09-17 第121回国会 衆議院 政治改革に関する特別委員会 第4号

過去の歴史を調べてみますと、明治二十二年に小選挙区制、明治三十三年に大選挙区制、大正八年に小選挙区制、大正十四年に中選挙区制、昭和二十二年に中選挙区制、こういうふうに歴史の変遷がありますが、総じて申し上げますと、衆議院特別委員会において、自民党小沢佐重喜さんという大臣がおりますね、我が党の小澤克介君のお父さんではなかろうかと思うのでありますが――ああ、そうですか。どうも申しわけないですね。

野坂浩賢

1991-09-13 第121回国会 衆議院 政治改革に関する特別委員会 第3号

小沢佐重喜先生、前自民党幹事長小沢一郎先生の父親であります。「その欠陥の第一は、選挙区域が非常に狭小でありますので、その区域内の地方的人物のみが多く選出されまして、中央政治界に活動する大人物が、当選困難であったということであります。」「第二は、選挙抗争が非常に激烈になりまして、その結果は当然の事実であるところの、情実投票買収という点が横行することに相なってまいっておつたのであります。」

石橋一弥

1991-09-12 第121回国会 衆議院 本会議 第8号

戦後でも、中選挙区制の提案理由で、小選挙制は選挙抗争が非常に激烈になりまして、その結果」「情実投票買収という点が横行することに相なってまいっておつた」のですと、あなた方自民党先輩である小沢佐重喜氏は述べているではありませんか。また、現在の奄美群島区を見ても明らかではないですか。総理、あなたの、普選時代の、古い、昔のものとの言い分は完全に破綻してしまっているではないですか。  

木島日出夫

1991-03-13 第120回国会 衆議院 公職選挙法改正に関する調査特別委員会 第5号

小沢幹事長お父さん小澤佐重喜さん、「日本自由党並びに日本進歩党を代表いたしまして、」と言うて中選挙単記制の実現についての提案をしている。その提案理由の中で小選挙区制について四つの弊害を言っています。「わが国において小選挙区制で総選挙が施行されたことは、六回の経験をもつ」、「六回の経験の結果は、少くとも次に述べるような欠陥のあることが、」明らかになっている。

東中光雄

1991-03-13 第120回国会 衆議院 公職選挙法改正に関する調査特別委員会 第5号

そして今度の場合、小選挙区制というものが同時に政党政党政策政策の争いを可能にする、そういう特性を持っているということがこれまた言えるわけでございまして、そういう点はこの小澤佐重喜先生説明には入ってきていないわけですけれども、そういう政策政策政党政党という形の選挙制度というものが望ましいという点はここでは述べられていないけれども、小選挙区制に対する擁護論として大切な点ではないだろうかというふうに

佐藤功

1990-04-13 第118回国会 衆議院 予算委員会 第10号

昭和二十二年三月二十八日に、当時の日本自由党並びに日本進歩党を代表して、現在の小沢自民党幹事長お父さん小沢佐重喜さんが、中選挙単記制を採用せいという修正案を、これは大野伴睦さんが出したわけですが、それの説明をしているんです。  その趣旨弁明によりますと、小選挙区制というのはこういう点でいかぬのだということを非常に端的に書いています。四点あるというんですね。

東中光雄

1985-12-03 第103回国会 衆議院 公職選挙法改正に関する調査特別委員会 第3号

もう一つは、二人区をつくる問題についてでございますが、これもまた戦後三人ないし五人区を復活いたしましたときに、小沢佐重喜先生が第九十二回の帝国議会昭和二十二年三月二十八日に議論しておられます中で、二人区をつくることについての欠陥として挙げておられるのが四点あるわけでございます。

西山敬次郎

1977-04-19 第80回国会 衆議院 内閣委員会 第12号

そんなことを言えば、四万三千人ふやしたのですよ、小沢佐重喜さんがこの提案をしたときは。この四万三千人の中心は何かと言うと、ちょうど各省庁でしきりに労働組合で言う非常勤定員化闘争というのがほうはいと起こった。建設省にしても、林野庁にしても、郵政省にしても、やたら無性に――定数は各省設置法で決まっているものだからふやしにくい。ふやしにくいから次々非常勤職員でふやしっていった。

大出俊

1976-09-30 第78回国会 衆議院 予算委員会 第1号

これを初めといたしまして、齋藤隆夫幣原喜重郎北村徳太郎川崎秀二加藤勘十、鈴木茂三郎吉田茂星島二郎、西尾末廣、春日正一徳田球一等々の諸先生を初めといたしまして小澤佐重喜、倉石忠雄、こういう人たち議会の尊厳を守り、国民の知る権利にこたえようとして全部証人台に出ていられる。  

小林進

1975-06-03 第75回国会 衆議院 内閣委員会 第21号

小沢行政管理庁長官のとき、小沢佐重喜さん、以来閣議は歴代これを踏襲してきている。だから、田中総理選挙区割りについての委員会をこしらえたとき、新聞が一斉に書いたじゃないですか。あれは一体何だ、八条機関でも何でもないもの、区割り委員会をこしらえた。総理の純然たる私的諮問機関だと答えた。そんなもので区割りを決められてたまるかという騒ぎになって、とうとう表に出せぬでつぶれたじゃないですか。

大出俊

1970-04-14 第63回国会 参議院 逓信委員会 第14号

森勝治君 どうも二十年前——十年一昔と言いますから、二昔前のことを持ち出して恐縮でありますが、大臣の心の中、当時小澤佐重喜大臣だと思いましたが、大臣の心の中にも個人請負というものは認めるわけだが、それをとらなかったというふうな説明と承ったわけでありますが、この当時の速記録をもってしますと、そういうことをうかがい知るよしもないのですよ。個人は絶対認めないと言っているのだから。

森勝治

1968-05-14 第58回国会 衆議院 本会議 第33号

北山愛郎君 ただいま議長から御報告のありましたとおり、本院議員小沢佐重喜君は、去る五月八日急逝されました。まことに痛惜の念にたえません。  ここに、私は、諸君の御同意を得て、議員一同を代表し、つつしんで哀悼のことばを申し述べたいと存じます。(拍手)  私のなき父は、小沢君が戦後最初の衆議院議員選挙に立候補されて以来、常に君を支持しておりました。

北山愛郎

1968-05-14 第58回国会 衆議院 本会議 第33号

  閣提出)  第七 昭和四十年度一般会計歳入歳出決算     昭和四十年度特別会計歳入歳出決算     昭和四十年度国税収納金整理資金受払計     算書     昭和四十年度政府関係機関決算書  第八 昭和四十年度国有財産増減及び現在額総   計算書  第九 昭和四十年度国有財産無償貸付状況総計   算書     ————————————— ○本日の会議に付した案件  北山愛郎君の故議員小沢佐重喜

会議録情報

1968-05-14 第58回国会 衆議院 公職選挙法改正に関する調査特別委員会 第7号

理事 島上善五郎君    理事 西宮  弘君 理事 岡沢 完治君       浦野 幸男君    菅  太郎君       白浜 仁吉君    永山 忠則君       松浦周太郎君    松澤 雄藏君       松野 頼三君   三ツ林弥太郎君       堀  昌雄君    山花 秀雄君       山下 榮二君    伏木 和雄君     ————————————— 五月八日  委員長小沢佐重喜

会議録情報

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