2008-11-14 第170回国会 衆議院 内閣委員会 第3号
現状の、例えば佐世保事件があった佐世保署でどのような陣容でやっているのか等含めて、お聞かせいただきたいと思います。
現状の、例えば佐世保事件があった佐世保署でどのような陣容でやっているのか等含めて、お聞かせいただきたいと思います。
こういう状況にあるわけでありますが、そもそも、生活安全局長、例えば佐世保署というのは二、三百人警察官がいらっしゃる署だと伺っておりますけれども、その中でこういう銃刀法の許可とか取締り担当の方というのは、専属の方は何人いらっしゃいますか。
○政府参考人(片桐裕君) 佐世保署の署員は二百四十九名でございまして、この銃砲関係の許可事務に携わっている職員は、当時も現在も三名でございます。ただ、これは銃砲の所持許可のほかに、例えば風俗営業の許可とか古物営業の許可とか、そういうのを併せて、いわゆる兼任して携わっているということでございます。
この船が入港した際、ガソリンの積み出しをやっていたというわけでありますが、この事故の調査のため佐世保署とあるいは労働基準監督局が、同日朝に米軍に立ち入り調査を要求したわけでありますが、これは同艦が横須賀基地所属であることを口実に、横須賀基地の了解がないということで立ち入り許可はできないと拒否されたわけであります。
、県にも市にもまかせておられぬ、みずからひとつ悪臭を追放しようではないかということで、悪臭追放住民会議を結成して、そこでデモをやったり、抗議集会を持ったり、いろいろやっているわけですが、そのたびごとに工場側と地元側と感情的な対立がだんだんエスカレートしまして、今月の八日には住民の人が、あまりにおいがするものだから、その工場に行ってガラスをたたき破ったという事件が発生して、その人は器物損壊で、いま佐世保署
この松浦署からは、月水金、一週間に三回、松浦署あての分を佐世保署まで取りに行くことになっておるそうです。ところが、十月二十九日の金曜日、松浦署が受け取った逓送物の中に、自由新聞第二号十五部、第三号十五部が入っておったのであります。いいですか。警察の組織を通じて警察官が自由新聞を扱っているのです。しかも、この二号と三号というのは、社会党に対する誹謗の限りを尽くしております。いいですか。
佐世保署から松浦署まで運搬した者は、事務吏員の寺尾四十重という人であります。松浦署内において配付の任に当たった人は、松浦署次長の藤田茂美という警部の人です。私は、これらの人と県警本部長とを証人として喚問していただくことを要求いたします。
かりに百歩譲って、今度佐世保署に十時何分かに着いた。しかも二時まで、四時間の間自由を拘束したでしょう。こういうことは、私は正当であったとは言えぬと思う。明らかに不当であったとは言いませんよ。しかし、こうしたことは行き過ぎであったくらいのことは、あなたの口から聞いたっていいと思うが、どうですか。
それからもう一つの問題は、あのときは十時十分ごろに佐世保署に着いた。着いたときは、すぐにちゃんと楢崎君は名刺を出しておる。そこで、いよいよ署長のところでは身分が明らかになった。それから二時まで四時間というものは、やはり逮捕という形で議員の自由が拘束されておる。
午前中御質問申し上げたのにつきまして、さらに御質問いたすわけでありますが、佐世保署におきまして社会党の国会議員団が本部長とお会いした際に、手を握る、それを払いのける、そういうことも一切いけないのだ、警察官の行動に対してはどんなこともしてはならないのだ、手を払ってもいけない、いわんや打つことはいかぬ。腕が折れてもか。
私が聞いておるのは、そういう答弁があっているのに、当時の佐世保署において、本部長は、手を握られても一切がっさい手を出すことはいかぬのだ、こういうおことばが出ておりますので、その辺をはっきりさせていただきたいのが私の質問の趣旨です。
そこでお尋ねいたしたいことは、佐世保署において社会党の国会議員団とあなたが話し合いをされたときに、どういうやりとりがあったのか、どういうことばがかわされたのか、ここで繰り返していただきたいと思います。
あなたに言ったでしょう、あの佐世保署で。会わしてくれ、その人を連れてきてください、再三再四にわたって育ったのです。指揮官がおったのですから、何だったらその指揮官を呼んでもらいましょう。はっきりするのだから。私はうそを言っていないのですから。私は天地神明に誓ってやりますから。指揮官に言ってある。肥えた、ずんぐりした、背の低い、目のバセドウ氏病のようにちょっと飛び出たようなかっこうの人ですよ。
帰って佐世保署のをごらんなさい、折っておるから。したがって、もうこれは前の日の十二日のかたきを討たなければならぬというねらいが、少なくとも末端まではいっていなかったかもしれぬが、幹部にはあっておるわけです。そこで私はそういう事実を見ております。そして楢崎君が逮捕されてから、私はすぐにかけていって、私は楢崎君に抱きつきました。そしてこの人は国会議員だ。
楢崎君の発言によると、左手首をおまわりさんが握った、——これは、あそこの佐世保署の署長室であなたと楢崎君と相まみえたときに、楢崎君があなたの手を、こうやられたのですとやろうとしたときに、あなたは拒否しましたね。楢崎君は左手をやられたわけです。左手をやられたときは一体どっちの手で手首を握るかというと、おまわりさんは右手で握ります。これは合気道です。ぴしゃっと右手で握るわけです。
いままではいわゆるデモのコースとして佐世保署の署長はこちらのほうに指示行進することを認めてきた。ところが今回、十二日以降ロータリーから先はデモ行進コースとして許可しなかった。その理由は一体なんですか。
それから、部隊があのロータリー以外にも配置されておりますが、ロータリーのあの付近における部隊の指揮官、これは江浜という佐世保署の次長でございます。そのことを申し上げたのでございます。かりに県警の警備課長が、先生がお話したなったときに応待をしたといたしますならば、県警の本部長から特命を受けて、その場合はその問題につきまして斎藤君がそういう交渉の相手になるように別途命令をもらったものと考えます。
ゆうべ佐世保署の次長との間に打ち合わせたことが下部へ徹底しておれば、きょうのトラブルは起こっていない。これは常識的に判断できるじゃないですか。あなたたちのところへはまだ報告は上がってきていないかもしれません。したがって、そういう事実が明白になれば、きょうの事態について、警察側としても十分責任ある態度をとりますということを、あなたは当然常識的に答えられてしかるべき問題じゃないですか。
具体的にはあとでほかの問題についても質問しますけれども、ゆうべ現地の警察、ことに佐世保署の次長の曾野君というのと私どもの実行委員会の代表者とが話をして、きょう市民埠頭に自由行動で集まることは了解をしていた。したがって、そこに集まってから市内にデモをするというきょうのデモ計画については、曾野次長との打ち合わせで了解済みの上で行動したわけなんです。