1993-11-09 第128回国会 参議院 内閣委員会 第4号
今、あちこち聞きますと、例えば山口県の県会議事堂でしたか、これもやはり由緒あるもの。しかしもう新しいものをつくりたい、しかしやっぱり歴史的に由緒あるものは残すべきであるとかと。
今、あちこち聞きますと、例えば山口県の県会議事堂でしたか、これもやはり由緒あるもの。しかしもう新しいものをつくりたい、しかしやっぱり歴史的に由緒あるものは残すべきであるとかと。
そして医学部の事務局は県会議事堂を使っております。全く、学校の校門がどこにあるやも探せどもわからない、こういうような状況でございます。狭隘であるがゆえに大学を統合するとするならば、まず医学部こそ真っ先に統合しなければならない、このように私は考えるわけでございます。また、その統合に要する費用は、いま管理局長から御説明ございましたように百七十億になんなんとするような膨大な費用でございます。
後、県会議事堂において県下の農林水産団体との懇談会を開き、鳥取県農業会議、鳥取県農協中央会、県農業共済連合会、県たばこ耕作組合連合会、県開拓農協連及び開拓者連盟、県土地改良連合会、県森林組合連合会、漁業協同組合連合会等から、それぞれ前と同様の陳情要望が述べられました。
これらの両陣営の大会行事への出席を終り、再び引返し、県会議事堂において自小作団体たる香川県新農村建設同盟連合会会長大塚亀次、同副会長児玉勇、同じく加治繁一の三氏より同連合会の趣旨、目的、運動の現況、将来の方針等につきその説明を聴取いたし、あわせて耕作農民代表としての太田政太郎、同じく上枝正数の両氏より耕作農民の立場からの意見を徴したのであります。
一体山口さんはいつからどういうわけで県会議事堂においでになつておつたのか、どうもその辺のことが食い違つておる。しかも副議長のお話では二十分ごろに到着した、あるいは半ごろに到着したと言われますが、公安部長のお話ではすでに十五分ごろにはラウドスピーカー、マイクでもつて何べんも警告したというようなお話もされておる。そうすると部隊は到着しておるのです。
○井手委員 警察官等職務執行法の第五条に基いてやつたとおつしやいましたが、そこはもう御存じの通り県会議事堂の内部であります。先ほどの証言にもありましたように議員と議員との問題であつて、危害が行われようとしておつたという認定については、私はどうも解しかねるのであります。
そこで山梨県会議事堂の社会党の控室には、私は帰県いたしますれば必ず参りまして、いつも政治情勢の問題について語り合つたこともございます。あるいはそういう場合に、保全経済会に対する問題がたまたま問題になつて、それを批判し、それを話題として話したことはあると思います。
それからたとえば東京へ参つておりまして甲府へ帰つて来た場合には、甲府から二、三分で山梨県会議事堂には参られますので、そういう人たちが話合いをしたり、足場にするには一番都合のよい場所ではないか、かように考えております。
山梨県では、これは慣例とでも申しましようか、県会議事堂の中に、共産党の控室はございませんが、各政党の控室、それぞれの県会議員の控室ですね。たとえば山梨県社会党県会議員の控室というようなものはございます。それが政党の事務所とでも申しましようか、一応事務がとられるような形になつておることは事実でございます
県会議事堂とか都会議事堂とか……。
○竹中七郎君 私が特にお願いするのは、県会議事堂、都道府県会議事堂のごとき、国会に次ぐようなところは殆んど使わないようにしてもらいたいということを希望するのであります。
午後青森市に至りまして、県会議事堂において県知事、市長その他より、青森鉄道管理局設置に関する陳情、五能線輸送力増強に関する陳情、津軽循環鉄道敷設促進に関する陳情等を受けた後、青森港視察、次いで青森操車場において鉄道輸送上における青森の重要性について説明を聽取し、また建設工事中止線蟹田線を油川まで視察いたしたのであります。
特に昨年の十一月、小高熹郎君、林好次君その他一行七名とともに、不肖私、班長として現地の調査に派遣されたのでございますが、その際、兵庫県の県会議事堂におきまして、先ほど井之口君も言われておりましたように、兵庫、大阪、和歌山、徳島、香川、岡山の一府五県の漁民並びに県代表者諸君より、漁業種別及び県の行政上ないしは技術書の立場から、その経験に基き、あるいは科学的資料等によりまして、いろいろの意見を聽取し、懇談
そうしてその人達が二月二十日頃でありますが、どうしても就労させろというので午前二時頃まで県会議事堂を占拠して事態の收拾がつかないまでに陷つた、こういうような事情になつておる。そこに現在の特長がある。政府の取つておる労働対策といつても、職安に行つても職にありつけない。最初からそれをやつていてはかなはない。手続が非常に面倒で、民生委員の面倒な質問に答えなければならない。手続もしなければならない。
○参事(近藤英明君) 小林さんから、大変参観が多いので事務局の者が随分困つておるだろう、何かいい考えがないか考えてくれというお話がございまして、警務部その他でいろいろ研究いたしましたが、つまり観覽料を國会議事堂で取るわけには参りませんので、観覽料というわけに行きませんが、実際問題として履物を借りる者が多いのでございますが、こちらに設備はございません。
岡田、鈴木の両委員は、福島縣廳、福島縣会議事堂、福島地方檢察廳等に赴き、又郡山市、平市、内郷町、湯本町等の各現地を視察し、各地において檢察側、警察側、地方自治体側、一般民間側その他関係者多数と面接し、左記資料の提出を受け、口頭による事情の説明を聽取し、又これらの人々との間に質疑應答を重ねて事態の闡明に努めた。」
その次には縣会議事堂に参りまして、デモ状態を調べたのでありますが、これはわれわれ調べるときには、すでにその痕跡がございませんので、ただ大竹議長が本考査委員会で証言したことを考えて、なるほどあの辺に赤旗があつたのかなという程度の事実より、われわれとしては看取することができませんでした。
開催日昭和二十四年六月二十五日、場所島根縣会議事堂、参加縣、島根、鳥取、山口の三縣、参加人員五十九人。 島根縣の意見大要を申し述べますと、一、定置漁業権の更新期を二十箇年にせよ。二、漁業権はすべて漁業法に織り込み、漁業協同組合優先に、河川漁業を共同漁業権に、漁業の調整費及び行政費は國庫負担に、漁業権の補償金は現金で支拂え、あるいは漁業権のあり方等について、強調したことは各縣と同じであります。
次に六月二十三日は鹿兒島市の鹿兒島縣会議事堂におきまして開催したのでありまするが、この調査先は、鹿兒島、熊本、宮崎の三縣でございました。当時御承知のように台風による風水害等の事故がございまして、出席委員はこの前より非常に少うございまして、私が一人でございました。
当班が担当いたしました調査区域、和歌山、奈良、三重、愛知、岐阜の五縣は、三重縣津市の縣会議事堂にて参加者九十六名をもつて現地側漁業者の意見を聞く懇談会をいたし、次に靜岡、神奈川、山梨の三縣は、靜岡市の縣正廳において参加者百十二名をもつて行い、次に東京、千葉、茨城、埼玉、群馬、栃木の六府縣は、千葉市の縣会議事堂で、参加者五十七名をもつて行い、福島、宮城、岩手の三縣は、宮城縣塩釜市の塩釜神社々務所において
○大池事務総長 それから早稻田柳右エ門さんが代理をされて、運営委員会の方で協議してもらいたいという願書が出て來ております、それは東海地方の農民有志百名が、米軍東京農場見学團を組織して、九月の五日に東京調布の進駐軍の農場を見学し、翌六月から十日までの四日間、皇居の清掃奉仕を行つて、そのあと十日の日に國会議事堂、國会図書館を見学したいとのことで、これはけつこうなのでございますが、その見学團の解國式を十日
又福島市におきましては、この六月三十日において平の事件発生と時を同じうして、そうして縣廳、或いは縣会議事堂を占拠して、いわゆる赤旗占拠事件となつて現われて來ているところのものであります。これを分けて見ますというと、市町村役場に対するところの鬪爭は内郷町と郡山市とに行われております。
一方議事堂前にスクラムを組んで労働歌を高唱しておりました大衆の人は、縣会議事堂の傍聴席に上つて、赤旗を垂下して、労働歌を歌つていたのであります。そしてその人方は、今申し上げましたように、ただ今日これを議決しろという要求であつた。
立憲政治といつたところで結局議員を選挙して、その議員が國会議事堂に集つて政治の根本を議する、政治はそれに基いて政治を行う、これに帰してしまう。ゆえに立憲政治の大半は選挙なのであります。國民が政治に参與するというけれども、國民は選挙のときをほかにして政治に参與する機会はない。いつかフランスのルソーがイギリスの立憲政治を笑つて、イギリス國民は政治の自由を持たない。
それは先頃の公安條例に対する東京都交通労働組合の反対運動の関係、並びに勤務時間改正に関する國鉄のストの問題、この問題については御報告を承わりましたが、その後平市におきまして些細なことから警察の占拠事件が起りまして、又それらに関連して郡山でも警察署に乱入した事件が起り、福島の縣会議事堂において示威運動まで行われたと、そういうような福島縣下における集團不法事件と申しますか、一部は騒擾事件になつたようであります
國鉄の職員がそれを聞きまして、縣会に対して何らかの圧力をかけるという意味を以ちまして、縣会議事堂に、数ははつきり分つておりませんが参りまして、丁度そこに外の目的でやつて参りました陳情團がおりまして、主食の掛け賣りを認めるようにということを陳情いたすために参つておりました陳情團と一緒になりまして、約百五十名ほどが議場の中に入りまして、いろいろ大きな声を出したりして、乱暴をいたしました。