1965-11-01 第50回国会 衆議院 日本国と大韓民国との間の条約及び協定等に関する特別委員会 第8号
いま調べさせたのでございますが、私の前任者の伊関局長が要旨を御説明申し上げたことはございますが、資料そのものは出てなかったことが判明いたしました。現在、この口上書全文一枚くらいのものでございますから、朗読させていただきます。 口上書 日本外務省は、在日韓国代表部に敬意を表するとともにその地位に関する同代表部の本日付口上書について左記回答するの光栄を有する。
いま調べさせたのでございますが、私の前任者の伊関局長が要旨を御説明申し上げたことはございますが、資料そのものは出てなかったことが判明いたしました。現在、この口上書全文一枚くらいのものでございますから、朗読させていただきます。 口上書 日本外務省は、在日韓国代表部に敬意を表するとともにその地位に関する同代表部の本日付口上書について左記回答するの光栄を有する。
そのときには伊関局長もついていかれた。そうして帰ってこられて、非常に安泰である、政情安定しておると発表したそのやさきに、四日後の五月十六日には、軍事クーデターが起こった。
韓国問題は、たくさん実力者もおるだろうけれども、やっぱり伊関局長がまずこれは命がけでやってきたと思うのですよ。それを一体、まとめるつもりでやめさせるのか、まとめないつもりでやめさせるのか、どちらですか。
○国務大臣(大平正芳君) 日韓交渉上、伊関局長が責任局長として十分お働きをいただいたことは大和委員も御評価のとおりでございます。私どもは、伊関さんに劣らないような後任を迎えまして、そして後宮新局長は審議官として相当期間にわたりましてこの問題を御検討いただいておりますので、このあたりで後戸さんにかわっていただくというようにいたしたわけでございます。日韓交渉とは何も関係ございません。
そこで、伊関局長並びに勝野局長につきましても、法務大臣の方から外務大臣に一応の事件の内容を通報はしておるのでございますが、当時みな外務省の方に帰っておりましたので、どういう処分が行なわれているか、必ずしも明瞭でないのでございますが、局長と東京入管事務所長との関係につきまして、そういうふうな考え方から監督責任の追及の仕方が多少違っておるのではないかというふうに考えられます。
○戸叶委員 伊関局長の新聞での談話を伺っておりますと、 〔福田(篤)委員長代理退席、委員長着席〕 何か、新しい提案はなかったけれども、フォーミュラ、方式について多少歩み寄られるのではないかというような感じがしたということをある新聞では言われ、また、ある新聞では、請求権としての解決をあくまでも望んでいる韓国と、無償供与と借款の形で出そうとする日本との間で、表現さえうまくいけばあながち名前にとらわれないというところまで
○宇都宮委員 伊関局長に伺います。
○宇都宮委員 伊関局長に承りますが、あなたが法的根拠あるものとしてその八項目のうちで容認し得るものはどれですか。
昨年十一月、小坂外相当時ですが、東南アジアに出張するとき、伊関局長に百万円支出することを命じた。伊関さんも、海外に出張して、中国課長に命じて、岸信介氏に百万円出した。これは公然の秘密になっている。こういう事実は、これはまた国民が知っている。われわれ共産党はうかつで、あまりこんなことを知っていない。国民は知っている。こういうんですね。
○戸叶委員 今伊関局長が少し申し述べられましたけれども、この平和条約の十六条を読んでみますと、「日本国は、戦争中中江であった国にある又は連合国のいずれかと戦争していた国にある日本国及びその国民の資産又は、日本国が選択するときは、これらの資産と等価のものを赤十字国際委員会に引き渡すものとし、」と書いてあるわけです。従って、「日本国が選択をするときは、」というと、日本国に選択権があるはずです。
○中川政府委員 従来一九五三年当時からタイと交渉いたしましたところの内容を伊関局長が申しましたが、結局、タイとしては、一つも在タイ日本財産というものはないのだ、自分が形だけでは管理している格好だけれども、それは全部連合国がとっちゃって、ないのだ、こういうことを言っているわけでございまして、タイの一応の返事はそういう返事でございます。
先ほど伊関局長が二千五百ドルとおっしゃいましたが、これは、在外公館の人たちの、平和条約によって免責条項で当然取れるその金額だけを御指示なさったのだと思いますけれども、いかがでございますか。
○楢崎委員 その点は、過去にも追及されておるように、たとえば昨年伊関局長が行かれ、あるいは野田先生たちも行かれて大丈夫だと言った後、すぐああいう政変が起こっておるわけですね、事実。それからまた、昨年の五月十六日の革命で最高会議の議長になって実権を一つに握った張陸軍中将というのですか、この方がわずか半年くらいの間に今度はその革命政権から死刑の宣告を受けておるのですね。これは事実ですよ。
新聞の伝うるところは、けさほど伊関局長が申しましたように、伊関君が記者会見においてそういう発表をした、こういうことではないと御承知を願いたいと思います。
この点について伊関局長もその直後に新聞記者会見で発表しております。この点南朝鮮の新聞では、伊関さんの談話について問題が起こっているようです。伊関さんは対日請求権についてどういう談話を発表されたのか、池田・朴会談によって一致したと言われている対日請求権の内容はどういうものか、この点を伺いたい。
○中川説明員 その点は、先ほどから岡田先生からいろいろ御質問になりました韓国軍のクーデターの行動が、国連軍の統一司令部のもとにおいてとられた行動であるかどうかという点に直接関係するわけでございますが、これは先ほど伊関局長も申しました通り、いわゆる米韓軍事協定と申しますか、韓国軍を国連軍のオペレーショナル・コマンドのもとに置くという協定は、文字通り作戦の場合に関することでありまして、国内においてどのような
それでは一体張勉政権は安定磐石だと言って、あなたの方の野田卯一団長も、伊関局長も、そういうことを帰って国民に報告されたわけでしよう。これが旬日を経ずしてひっくり返った、落第生じゃありませんか。そういう外務省が朴政権は張勉政権と違って安定しておると口で言っただけでこれは私も信頼するわけに参りません。具体的な証左を示していただきたい。
○説明員(東郷文彦君) ただいまの件は、われわれも新聞で見ただけでございまして、いずれ伊関局長帰朝したら、どういうことでああいうことになりましたか、わかると思いますが…。
○国務大臣(小坂善太郎君) 私が去年九月に行きましたときに、今伊関局長の申したように話をしてみたのですが、向こうは、それはよくわかるし、その通りだ、ただ、生命、財産云々の話は、そのときに出た話じゃなくて、前に相互主義で司令部時代の代表部がこちらに切りかわるときの話だと思いますが、そのときの先方の言い分は、これはもう交渉していただいて、会談が妥結すれば、大使館が設置できるのだから、その前に過渡的なものを
まあ伊関局長が香港で言った談話なんですが、ずいぶん今までからいうと相当ひどいことを、あんなことを公開の席で言わなくてもいいじゃないかというようなことを言われるくらいに話もあったわけでございますけれども、それにしても、そういうこともだからどうということでなく、謙虚にアメリカの方も聞いている実情であります。
しかしアメリカ側が言う、また日本も認めているというブン・オム政権と、ソ連側が、いわゆるプーマ政権を、亡命はしておるけれども、これが実質上ラオスを支配している関係があるので、一体監視委員会が復活するとして、いずれを正統政府と認めるかということについては問題があるということは、現地へ行かれて伊関局長も、帰られた場合、あるいは外地で新聞記者会見をされたときに、言われておるのです。
伊関局長、そこにおられるようでありますが、こういうことを自民党の外交調査会等で報告した事実は全然ないのですか。ないとすれば、私はやはり新聞に対して訂正をしておかなければ、これは問題になることだと思うのでありますが、その点重ねて伺っておきたいのです。次の質問の関係で。
伊関局長が自民党の外交調査会へ参りましてお話をしたことも、さようなことではないようでございまして、いろいろの話がいろいろ先方の新聞等にも出ておるという御紹介をした程度のことのようでありますが、われわれは正式に何らそうした話を聞いておりません。もちろんわれわれは、さようなことは言っておりません。
さらに具体的に、伊関局長にお尋ねしたら、やや、今まで延ばしていたのは、時期として早いのではないか、こういうお答えであるから、いつになったら、早くないのか。もう一月か、あるいは半月か、具体的に、早いと思うと言うのだから、いつになったら、早くないのか。具体的に一つお尋ねいたします。
○小林孝平君 私は、伊関局長が、非常にむちゃくちゃを言う韓国を相手に長い間折衝を続けられて、ある程度の送還の問題も、いろいろ不満の点がありますけれども、まあその糸口をつけたというその努力に対しては私はこれは認めるんです。
○小林孝平君 先ほど伊関局長のお話でも、まだ交換は、東京まで来る、向こうは平壌まで行ける、これは少し時期が早いように思う、こういうことなんです。それで時期が早いように思うということですから、いつになったらいいのですか、具体的に。その支障はない、時期は早いように思うからというのですから、その時期はいつか。
同時に、その話の結果といたしまして、明後月曜日の午後三時から、相互送還に対します事務的な連絡の会議を、柳大使と伊関局長との問ですることになります。一、二回の事務打ち合わせの上最終的の日がさめられるだろうという予測を、今申しましたような柳大使の話でございますから、考えております。
従って、これはわれわれとしては、李ライン外というふうに、もちろん報告を受けておりますし、そうだと思っておりますが、あるいはそれは、今伊関局長の言われますのは、韓国側の見方が、私は何かそういうことについて異なった見方をするかもしらぬということであろうかと思いますけれども、私どもの方としては、現在、これ以上これが変わるというふうには考えておりません。
○亀田得治君 じゃもう一つ、伊関局長にもう一度聞きますが、三月になってもなおかつ問題が軌道に乗らない、そういう場合にとるべき方針というものは協議しておるということなんですが、それは具体的にはどういうことでしょう。私はこういうことは何も秘密にする必要はないと思うのです。
伊関局長にちょっとお聞きしますが、第五八幡丸の問題で韓国側に出した抗議書といいますか、その中身は、もう一度繰り返してほしいのですが、どういう中身ですか。文章の通りでなくてもいいのですが、文章があれば読んでもらってもいいです。
ところが外務当局におきましては、その後も中川アジア局長、板垣局長、現在の伊関局長、事務当局の方もたびたびお人がかわっております。それで、そこにはいろいろの御苦労があったということが私にも察せられます。
○吉田法晴君 局長がいいことをしたのだという説明をし、それからあなたの答弁の中にも、インドネシア等についても独立が戦争を通じて実現したのだという意味の言葉があったと思ったから、私は申し上げたのですが、その点はこれはまあ外務大臣は取り消されましたが、伊関局長もしいいことをしたのだという点について誤りがあったというならば、これはお取り消しになるべきだと思うのですが、賠償は、それは初めから言われておるように