1948-03-01 第2回国会 参議院 議院運営委員会 第18号
こう思いますので、七日に幕を切つて落すためには、どうしても中心になるものが、でき得るならばその三日か四日前にはこれに基きまして國家公安委員を選ぶところの國家地方警察の、何と申しますか、本部長官と申しますか、本當の警察官としての全國三萬五千の人數の首長になる公安委員の、完全にその指揮下にありますが、本當の警察官のトップであり得る人間である公安委員が早速にできまして、直ちに運用しなければならない。
こう思いますので、七日に幕を切つて落すためには、どうしても中心になるものが、でき得るならばその三日か四日前にはこれに基きまして國家公安委員を選ぶところの國家地方警察の、何と申しますか、本部長官と申しますか、本當の警察官としての全國三萬五千の人數の首長になる公安委員の、完全にその指揮下にありますが、本當の警察官のトップであり得る人間である公安委員が早速にできまして、直ちに運用しなければならない。
これによりまして、大体昭和二十二年四月ないし十一月の間における事件の起りました数その他を調査いたしたのでありますが、列車内の警戒のために乗つておりまするいわゆる警務員と申しますか、それらの諸君の取扱いました件数を報告いたしますならば、営業法違反というようなものが、大体二万八千件くらいあつて、それに関連いたしました人間の数は、大体二万五千人くらいの程度であります。
これは生活扶助法に基くところの扶助を受ける人間が、予定より相当減つてきておるのであります。それに伴いますところの当然の不用額でありまして、これを不用額として計上いたしたわけであります。それから次に前回は見込んでおりませんが、新たに失業手当の不用額五億円を見込んでおります。
同じように人間の姿の中で最も美しい姿は、私は母の姿だと思います。その意味で、又こういう祝祭日というものは勿論大人たちに取つても意味があるのでありますけれども、私共のことを振り返つて見ると、特にこの祝祭日は、子供にとつて深い印象を與えると思います。そういう子供に深い印象を與えるものとして、母の日というものを作るところに大いに意味がある。
婦人が人間として解放されて、本當に母としての機能も十分果すことができるのでございますし、婦人解放の中に母の日を込めるということを婦人團體は主張しておりますが、それでよろしくないかと思います。
鉄鋼の方とされても、私の関知したところでは、やはり兵器処理の多数の人間をかかえておる関係上、いろいろ会社の実情からして、この際ある程度まで進んだのだから、一應解体したいという希望をもつておられると私は推察しております。
しかし兵器処理としての人間を使つておりますので、これは経理費はかりかかるから、すぐ首を切つてしまえばよいものの、そう簡單にもまいりませんので、この際ひとつ終結にしていただきたいという……。
○金上證人 これは人間の問題としていろいろ考えますと、そういうふうにせざるを得ないような情勢に立到つておるのであります。
それは原さんのようにああいう惡いことをする人だつたらどうかわかりませんが、私たちは人間が正直ですから、こういうことを書かれることは迷惑だということを言うのです。私たちは新聞記者その他そうした人々には、常に國会議員は遠慮がちなんです。あなた方は筆で自由にされますから、だから私たちは非常に遠慮しているわけです。
先ず事業内の積極的な緊縮政策というものを採らなければならないというので、人員を、當時本豫算のときに成立いたしておりました損益勘定だけの人間が四十七萬四千人ございましたが、それをぐんと切り詰めまして四十一萬五千人、四十七萬四千人を四十一萬五千人に落しました。その金が約十一億でございます。これ又大臣が先程申述べましたあの數字でございます。
從つて取扱部數が少くなつたに拘わらず人間の方が殖えて來たという形は、一應の理由がそういう點に起因をいたしているのですが、併しながらこういう官業が過剩な人員を擁して、そのために大衆に對して負擔が轉嫁されておるという事態は、當然にこういう事態を合理的な經営の基礎の上に乘せなければならないことでありまして、御承知のごとく政府も今囘行政整理をして、でき得るだけ少數の人々だけで能率を擧げて行こうという方針を決定
丁度これは腹をこわした人間に、どんどんとにかく無茶苦茶に飯を食わすようなものでありまして、腹がこわれた以上は、ただ素通りして下痢を増すだけであります。現在の復金の融資がこれであります。でありますから、若し眞に生産的にその資金が使用されるならば、たとえ当初は多少それが過大信用でありましても、それは正規の生産循環に入つて行き、インフレを惹き起こさないのであります。
要望を聞くだけでは無責任になるというような先程話をいたしましたが、私は斷じて星野君の要望を聞いて、ただそれを右の耳から聞いて左の耳に流すというような不誠實な人間ではありません。それは星野君自身は不誠實かも知れませんが、私は不誠實でありません。必ず星野君の要望に對して聞く以上は、反省して行くつもりであります。
日本鋼管の人間であつたから兵器処理委員会の委員長になつたのではなく、全然違う意味で、むりやりにもつてこられて兵器処理の仕事に当つたのであります。私は日本鋼管が勝手にこの兵器処理のものをもつてきて横領したということはないと考えるのであります。
しかしそういうことはについては人間の知り得る以上のこと知り得ないと存じますが、私はそういうことはなかつたものとして今まで努力してまいつたのであります。
私自身が実業界から出た人間でありまするが、全部を投出してこの仕事に当つておりました。それで自分の力の及ぶ限りは正しくもつていきたいというのでかかつておりました。しかしどうも人間のことでございますから、どれだけそれが実行できるかどうか……。
買おうとすれば買う人間がねらわれて租税対象になる。買うゆとりのある人は、不当利得をしているやみ商人か何かでなければまとまつた金をもつ道理がないという解釈を私はもつているのでございます。そういうことを考えるためい買手がつかない。金はもつておりながら買わない。こういうふうに人の心持が推移いたしつつあるような状態であります。
少くもわれわれは、これは人間として健康であるならば、八時間十分に働かせようという法律であると解釈をしておりまするが、二時間か三時間働けばそれでよいというようなものであろうか。
もう一つは、最近鉄道員が不親切であるということ、人間を扱うのに荷物扱いをするような状態が見えるが、この点を今後どういうふうにするのか。以上は運輸省の関係であります。
しかしながら機械がボロ機械であつたり、修繕の必要が起り、その回数は戰前よりも多いであろうと思いまするから、この点に多少の剰員は要るとしても、列車の運轉單位から考えてみますと、非常に人間が余つているはずであります。それならば、その余つている人たちを列車公安維持のためにもつと使つたらどうか。
これらの問題に処しましても、十分やつていかなければならないということは申すまでもないのでありますが、帝銀事件にも現われておりまする通り、人相が悪いからといつて、その人間を引ぱつて來てぎゆうぎゆうと追い詰めて白状さすというやり方は、今日は許されないのでありますから、科学的な捜査方法、証據等によつてその犯人を突き止める、こういうようなことになるのでありますから、鉄道公案の問題につきましても、十分これらの
○林(百)委員 私の心配するのは、アメリカのように非常に財源の豊かな國で、存分のことができるところならよいけれども、日本のような人間が生きるか死ぬかの境にあるときに、屋上屋を重ねるような法案をつくつて、法制部と調査部がやる。また調査委員も図書館の方にあり、事務局の方にもあるということになると、両方とも人材を求めようとしても、待遇その他いろいろの問題で、集まつて來ない。
人間の数は五名か十名の範囲と言つておる。しかし大体は図書館の方で材料を提供して、それによつて法制部がフイニツシユイング・タッチをするということになつている。今の法制部というものが非常に大きな計画のものであるならば二重になるが、そこでは十分な材料を集めることはできない、何といつても國会図書館が世界中から材料を集めるのです。
すなわち現在まで、戰時戰後を通じてとられてまいりましたところの経済政策は、國民性を無視し、人間性を軽観した方式であつたりということであります。シルレルが、哲学が宇宙の構造を一支配するまではしばらくこれを支配するものは飢えと恋であるということを言いましたが、現今でも、この言葉はうなずかれるところがあります。すなわち政策なるものは、哲学のみ、倫理学のみの観念的机上プランであつてはならない。
その意味から姦通者に処罰せずということは、反対に犬猫同様の見方で、一種のこれは中間人間侮辱だと思つております。罰金制度は政治法の拙なさを意味しますが、あれも罰金、これも罰金で、強制的に悪習慣を縛め、一等の道徳國となつておる例もあります。
ただ現在の我々の方針としましては、會議でそういうことが報告されたときには、やはりこれはその事實として取扱つておるのでありまして、そのことは、こういうまあ人間の何と申しますか、個人の名譽に關することに觸れたためにこういう問題が起きたものと、私たち非常に遺憾に思つておるわけでありますが、この點についてもつと、微細に私たちも檢討して見たいと、このように考えております。
そこで現在、むろんこういう時期でありますから、最少の人間で能率を上げていくことが國民に対しての業務であろうと私も考えております。だから過剰の人員をもつておるような面があれば、これは徹底的に整理すべきであると思います。
その例は、機械化によつて人間を減すばかりでなく、電力化によつて運行能率を高めて行きますると共に、又施設の改善による運行能率を高めて行くということが積極的な面でございます。消極面におきましては御指摘の通りの行政整理をいたすべきでございましよう。この積極面の施策、施設と消極面の行政整理とは不可分の一体にあります。機械化するなら自然にそこに人か出て来るのであります。
壽産院の問題が、不議の子が多い、これはさようでございますけれども、この不義という観念が、非常にこうした不幸な人間を生むのでございまして、いずれにいたしましても、生れた子供は当然保護去るべきであり、また母も、こうした社会的な観念を捨てまして、これを保護し、何とかそうした道に陷らないようにすることが大切でございます。
犯罪の捜査等につきましても、今までのように、疑問があるから、この人間は怪しいからといつて、やたらにひつぱつてまいつて、その人間を問い詰めて事実をはかすというような、自白強要は排斥すべきでありまして、眞に科学的捜査を新しき捜査方法をもつて犯人の検挙を行つていかなければならない。こういうふうな民主的な新しい陣容をもつていくのでありますから、そこに非常な困難を感ずるわけであります。