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33件の議事録が該当しました。
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該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

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1999-03-11 第145回国会 参議院 国土・環境委員会 第3号

そこで、温家宝さんという副主席の方が私にないしょ話のような形で、これは災害として人工災害でございます。決して雨が多かったから長江のはんらんになったのではございません。やはり森林伐採をして環境破壊をしたツケがそういう形になってあらわれてきたんだと思います。ですから、これから森林伐採をできるだけしないようにして、そして植樹をして環境保全のために尽くしていきたい、こういうようなお話も聞きました。  

真鍋賢二

1997-05-07 第140回国会 衆議院 建設委員会 第11号

そして、この河川基本方針というのは、そういう意味合いで、まさに科学的、技術的に決められるべき、水系一貫をして上流から下流まで、上流に降った雨が下流まで、同じような雨の降り方の場合は下流まで安全に流し得る、上流で降った雨を途中で流域の中に入れるというようなことになれば、まさに人工災害という批判も受けるわけでございまして、そういう水系一貫をして流量計画をつくる、そしてまたその計画自体全国の同種、同規模

尾田栄章

1997-05-07 第140回国会 衆議院 建設委員会 第11号

これが洪水時に壊れたのでは、まさに人工災害を起こすことになるわけでございますので、そういう点についても十分検討しながら現在進めておるところでございます。  また、河川の中、河川河道計画をどう進めるかという面で申しましても、先ほど御指摘ございました瀬とふちを人工的につくっていく。従前、できるだけ河川をショートカットして真っすぐに流すという方向での工法を進めた時代もございます。

尾田栄章

1990-07-12 第118回国会 衆議院 災害対策特別委員会 第7号

一日に三百ミリ以上降るともう自然も地耐力を失いますが、それにプラス流木災害というのは、これは人工災害がまたプラスプラスになるわけですから、誤ったボタンのかけ違いで指導したことがかえって災害を拡大しているというのが現実でございますので、ぜひ枝打ちなんかは、やはり本当に下の力枝を切っちゃ木は太らぬ、後継木をつくるのが本当の林づくりだ、そういう観点で、また林相として守らぬと国土を守れないわけでございますので

菅原喜重郎

1984-07-11 第101回国会 衆議院 建設委員会 第9号

桜井委員 特に一般河川治水課の担当もさることながら、砂防河川ですね、ここの急傾斜地についての災害というのは、ややもすると計画が思うように進まないと人工災害というそしりも受けかねないような状況が間々起きるわけでありますから、これは後ほどまとめて大臣にお伺いいたしますけれども、省を挙げて取り組んでいただきたい、こう思います。  

桜井新

1984-04-17 第101回国会 参議院 建設委員会 第6号

ところで、この五十二条を丸山ダムに発動できたかどうかということでございますけれども、先ほど来申し上げておりますように、予備放流をいたしますには相当以前に余裕を持って降雨予報がございませんと――といいますのは、予備放流といいましても流入量以上に流出することによってダムを空にするわけでございますから、これはまかり間違えば下流に対する人工災害を起こすことにもなるわけでございます。

井上章平

1982-07-28 第96回国会 衆議院 建設委員会 第14号

勢い緊急避難的といいましょうか、自然災害に似通ったような、むしろ人工災害だという言い方もあるでしょうけれども、私はこれらの復旧のための国庫負担法適用をぜひやるべきだ、こう思っておりますし、これはまた積雪地域には例年のように起こる課題でもあるわけでありますから、この負担法適用について前向きに取り組んでもらいたいと思いますが、お尋ねしておきたいと思います。

木間章

1977-03-24 第80回国会 参議院 建設委員会 第6号

昭和四十六年に、河川審議会都市河川小委員会で、この「都市河川対策の進め方」という中間報告が出ておりますけれども、この中で、都市河川水害というのは結局人工災害と言えるということを述べた上で、この既成市街地についてはなるべく早く、また新たに市街地が形成される地域についてはおおむね十年後、昭和五十五年、これを目標として、完全とは言えないまでも、やや満足すべき水準に達するよう事業の進捗を図ることが必要である

上田耕一郎

1974-05-30 第72回国会 参議院 商工委員会 第19号

しかしながら、そのダム建設によって、つまりはそういう人工災害があるであろうという観点に立って反対をしていたという、その事実はこれは看過できないわけですね。ダムなかりせばあり得なかったところの水害が、ダムができたために災害が定期的にやってくるというその事実は、これは認めざるを得ないわけです。  

村田秀三

1972-10-11 第69回国会 参議院 災害対策特別委員会 閉会後第4号

これで質問終わりますが、いずれにしましても、ダム人工的につくられたということでございますので、ダムによる災害というのは人工災害ということが非常に強く叫ばれます。かりに、まあいろんな人工……、自然流量事前に放出したんだといっても、やはりそれはなかなか通らない、そういうのが現状でございます。鶴田ダムでも相当ダム操作は懸命な努力をされたと私は理解しております。

古賀雷四郎

1972-07-19 第69回国会 参議院 災害対策特別委員会 閉会後第1号

これは人工災害だというふうなことを地元では言っていらっしゃる。たまたま七月の十三日の読売新聞の西部版にこういう記事が載っておるのであります。「鶴田ダム放水ミス」「湯田温泉水害政府人災認む」「衆院特別委」と、こうなっておる。これは新小宮山副本部長ですか、この談話まで明記してある。そしてこの「「温泉街災害は未然に防げた」とはっきり〃人災〃であることを強調した。」と書いてあります。

柴立芳文

1971-08-11 第66回国会 衆議院 災害対策特別委員会 第3号

都市河川水害が、従来に比して著しく増加してきたのは、主として経済発展人口集中都市の膨張といった都市化あるいは産業発展に伴い、流域地形地物が変ぼうしたためであって、人為的な原因によるものであり、いわば人工災害とも云える。このような都市化現象のひずみとも云える悲しむべき状態の解消は、特に急を要するものである。

松本十郎

1970-05-07 第63回国会 衆議院 災害対策特別委員会 第6号

あるいは下流部においては、遊水地を埋め立てて宅地化する、あるいは水田化するといったような形で、私は、今日の災害現象というものをよく冷静に調べるときに、そこを人工河川による人工災害であるとすら、極端に表現できれば……と思うわけです。私は、ですから、いまも防災課長が言われましたけれども、異常出水あるいは予期しない天然現象という形は、いまやもう、そういう形はほんとうの言いわけにならないと思います。

奥田敬和

1969-09-03 第61回国会 衆議院 災害対策特別委員会 第13号

ただ昨日も私申し上げましたように、五十二条を発動するためにはあらゆる気象的な条件、気象予報というものが的確でなければ、誤って五十二条を、予備放流というようなことをやりますと、今度はかえって下流に対して人工災害、人工洪水というような問題が起きてくる。それから電力ダム等一般利水ダムというのがもともと洪水調節に適するような構造になっておりません。黒四のダム自体がそうでございます。

坂野重信

1968-10-09 第59回国会 衆議院 災害対策特別委員会 第5号

私どもとしては、この現行の操作規程はできるだけいろいろな場合を想定してつくったわけでございまして、操作にあたって、あまり予備放流の限度を大きくしますと、下流に対して人工災害というような事態も予想される、あるいは気象のいかんによっては水量がまたもとに回復するという困難な事態が起きてくる、あれこれいろいろ総合いたしまして、相当な期間をかけてこの操作規程というものをつくったわけでございますけれども、しかし

坂野重信

1968-10-02 第59回国会 参議院 決算委員会 閉会後第3号

三江北線の粕渕第一鉄橋が流出したわけですよ、それに対してこの前の委員会でもって中国電力ミスだから、人工災害だから中国電力に請求したらどうだといったら、満度に、こちらの要求したとおり千八百万円くれたのです。これは資料を見るまでもなく中国電力側自分たちミスであるということを認めた、それ以外の状況は考えられない。

大森創造

1968-08-08 第59回国会 衆議院 災害対策特別委員会 第2号

先ほど申しましたように、消防庁のほうは、くどいようですけれども、全国でたくさんこういう状態タンク等の設置が行なわれておりますから、初めから十分指導していただくと同時に、古いやつについても再点検をしていただいて、思わないいわゆる人工災害ですか、人による災害を誘発しないようにお願いをしておきたいと思います。  終わります。

川村継義

1968-07-19 第58回国会 衆議院 農林水産委員会 第25号

こういう一つの人工災害ということも考えるならば、もし今日の米というものがあらゆる時点に対処して考えていくということになれば、いまの五カ月なりあるいは六カ月米が余っておる——これは米穀年度の、あるいは早出し米等の関係で確かな数字はわからないと思いますが、これらの余裕米というものはあくまでも持って臨むべきだ。

中原嘉之吉

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