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913件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

1951-05-16 第10回国会 衆議院 外務委員会 第15号

この中共政府中国四億五千万の人民を代表している実際上の政府でありまして、蒋介石政権というのは、これはもう台湾亡命しているただ名ばかりの政府にすぎない。かりに国民政府が対日講和條約に調印するということになれば、これは何ら実体のない幽霊のような亡命政権が調印したということになりまして、日本との戦争によつて最も大きな被害を受けた中国の四億五千万の人民は代表されていない。

砂間一良

1951-05-15 第10回国会 衆議院 本会議 第34号

政府側説明によりますれば、国際連合教育科学文化機関、すなわちユネスコは、今次世界大戰中にロンドンに参集していた連合国亡命政府文部大臣中心として構成された連合国文部大臣会議を母胎として、世界平和の維持目的とする教育科学及び文化世界的組織となることを目ざして発足したのであります。その後、ユネスコ憲章は、一九四五年十一月にロンドンで作成され、翌年十一月効力を発生しました。

守島伍郎

1951-05-09 第10回国会 衆議院 外務委員会 第13号

ユネスコは、今次大戦中にロンドンに参集しておりました連合国亡命政府文部大臣中心としまして構成されました連合国文部大臣会議母体といたしまして、世界平和の維持目的とする教育科学及び文化世界的組織となることを目ざして発足をいたしたのであります。ユネスコ憲章は、一九四五年十一月十六日にロンドンで作成されまして、一九四六年十一月四日に効力を発生いたしました。

島津久大

1951-03-27 第10回国会 衆議院 行政監察特別委員会 第3号

ただ朝鮮戦争後、戦争避難民というふうな、政治的亡命者までは行かないのでありますが、そういうのに似た種類の、要するに戦争を避けてのがれて来たというふうな人が出て来たわけでありますが、こういう人は収容所内でも非常にりつぱな態度であり、われわれの待遇に対しても常に感謝をされておる。その他の大部分を占めまする送還者は、今お尋ねのような種類の者であるという実情であります。

田中三男

1951-02-20 第10回国会 衆議院 予算委員会第二分科会 第1号

戰争しておる二箇国から第三国へ亡命して来たとする。そういう場合には、その該当の国から身柄をよこせという要求があつても、これはなかなか渡さぬ、これが大体慣例でしよう。人道上の大きな観点に立つて、われわれは後世の歴史家の笑いもの、つまはじきの種にならないように、十分考えてもらいたいと思います。これには御返答はいりません。

江崎一治

1950-07-19 第8回国会 参議院 本会議 第7号

殊に選挙のとき、或いはもつと早くから、即ち私が亡命生活を終えて日本に帰りましたときから、私は民族独立日本民主化或いは平和的建設について語つてつたので、今日もこの立場から語ろうと思うのでありまするが、こういう問題は勿論全民衆の問題であると思うのであります。共産党人々も、社会党の人々も、或いは労農党人々も、自由党の人々も、民主党の人々も、こういう問題には関心を持つておられる。

大山郁夫

1950-03-24 第7回国会 参議院 本会議 第32号

時にたまたま池田蔵相アメリカに行くとか言われますが、こういう問題を解決せずして行くのならば、国民はこれは日本にいたたまれずして亡命したと解釈するでありましよう。(笑声)まあ国民がそう解釈しても平気か知らないですが、政治的良心として、かかる事態を如何に対処するか、これについての池田蔵相の責任を問う次第であります。    〔国務大臣池田勇人君登壇、拍手〕

星野芳樹

1948-12-04 第4回国会 衆議院 外務委員会 第1号

その後李立三はソ連の方に亡命しておつた、こういうようなことを言つておるのでありますが、終戰後また満州に現われて、今日満州の、先ほど申しました東北行政委員会の顧問をしておる。そこで満州の行き方というのは、結局毛澤東の行き方と違うのでないかというふうな、いろいろな臆説も行われておるわけなのでありまして、実際どういうふうな反目なり、けんかなりをしておるかということは、わからないのであります。

田中三男

1948-11-20 第3回国会 衆議院 人事委員会 第7号

日本は中國大陸に依存しなければ、日本だけではやつていけないのだということを考え、またこの考え方の上に立つて、一切の政策をやらなければならぬと思つておるのでございますが、すでに中國におきましては、蒋介石アメリカ亡命しなければならぬというようなことさえも言われ、民主人民政府が樹立されることも予想される段階にきておる。

赤松勇

1948-02-06 第2回国会 衆議院 文化委員会 第2号

またユネスコ教育及び再建の計画の範囲内において、亡命スペイン兒童及び生徒に対して救助するようにというウルグアイの提案も、総会で採択せられたのであります。以上が教育に関する件であります。  次に、言語に関する件につきましては、スペイン語ユネスコの第三の常用語としようとする提案が、アメリカ代表ベントン氏の反対によつて否決されたのであります。

與謝野秀