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11件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

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1964-04-09 第46回国会 参議院 社会労働委員会 第20号

そこで、お尋ねの点は、争議態勢ができて組合員宿日直を拒否した場合、残ります組合員にあらざる非組合員宿日直をやるということは、それだけの員数では、とうていこの重要財産その他いろいろな関係の時間外の管理が完全にいかない場合がございますので、そのために、過般の宿日直拒否の紛議がありましたときに、私から、必要な場合は適当なる臨時者を雇ってもよろしいということを指示いたしました。

万仲余所治

1963-02-28 第43回国会 参議院 法務委員会 第6号

政府委員三輪良雄君) これは文書でやるというような趣旨のものではございませんので、副社長その他の幹部を警察に招致いたしまして、まあ何といいますか、争議を早期に解決するという意味で、これは全く非公式なことなんだけれども、会社側はそういう者を雇わないようにする、そして組合側もその問題を後の団交に移して争議態勢を解くというようなことにはならないかということを、会社側には雇わないようにする、組合幹部

三輪良雄

1962-11-13 第41回国会 参議院 社会労働委員会 閉会後第6号

説明員堀秀夫君) 水俣の新日窒争議につきましては、これは経過は御承知だと思いますが、会社側が定安賃金に関する提案をいたしまして、それに対し労働組合側がこれを拒否いたしまして、その結果、この六月以来双方争議態勢に入っておるわけであります。特に、八月以降におきましては、組合が全面的にスト態勢をとり、会社側はこれに対しロックアウトを実施しておる、こういう状況でございます。  

堀秀夫

1962-04-10 第40回国会 衆議院 社会労働委員会 第26号

労使双方が直ちに争議態勢を解き、即時団交を開いて問題の解決に努力するようにという勧告を行なっております。その後十二月中旬、下旬にかけまして労使双方において団交が行なわれておりますけれども、先ほど申し上げました平和協定の問題及び争議責任の追及、この二つがネックになりまして、団交は妥結を見るに至っておりません。

青木勇之助

1962-04-10 第40回国会 衆議院 社会労働委員会 第26号

吉村委員 このロックアウトの解釈については、いろいろな説があるということは私も承知をしておるのでありますけれども、今の八戸鋼業の問題につきましては、第三者機関、すなわち地労委の方で職権あっせんを出して、労使双方が、従来の経済要求なりあるいは会社側の言い分というものは一応お互いに撤回をして、そうしてロックアウトを解き、組合側争議態勢を解いて、自後の問題については団体交渉にというあっせん案が出されておる

吉村吉雄

1957-04-26 第26回国会 参議院 運輸委員会 第20号

政府のやり方が、再びまたそういう争議態勢をはらむというようなところに追い込まれる危険性を持っている。私たちから見ましても、これは完全にこの問題を解決して、そうして少くとも当面した問題をここで切開手術をして、この原因を、病気の原因を除去した、こういうふうには見られない。あとに禍根を残す、こういうふうに考えるのですね。

岩間正男

1957-04-26 第26回国会 参議院 運輸委員会 第20号

今申し上げましたように、不完全な形で解決すれば、やはり争議態勢というものが、これははらんでおるという事態が起る、そのあとでそういう事態が起ったとしても、それは不完全裁定実施につきまして労働者が不満を感じてそういう事態が起るのですから、そこに原因があるということをはっきりしておかないと、先の問題と関連して重要だと思うから、お聞きしておる。

岩間正男

1955-06-16 第22回国会 衆議院 社会労働委員会 第24号

それで、いろいろ総評の関東化学、区労協の方にごあっせん願いまして、このままにほっておいたのでは仕事も全然できぬというようなわけで、十日の午後六時から団交に入りまして、十一日の午後三時ごろ一応会社側会社労働組合、それから総評関東地方労働組合書記長飯崎清治さん、関東労働組合協議会議長田中哲太郎さん、四者の間で全部調印しまして、もうこれで争議解決した、翌日から旗、ビラは全部とる、争議態勢を解いて

細井善作

1954-10-06 第19回国会 衆議院 労働委員会 第40号

それから七月二日に、会社が個人々々の賃上げの案を発表したのを撤回したのですが、その当時は山本さんも書記長で、西沢さんはスの字スの字と言つてあおつた、スの字以外にないと言つて、みんなに訴えたわけです、その後争議態勢に入りましたから、闘争委員会をつくつて行動部をつくるということを決定したわけです。西沢さんは統制部長になつて行動部を指導することになつたわけです。

赤津勉

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