1991-03-27 第120回国会 衆議院 予算委員会 第24号
第百二十回国会衆議院 予算委員会議録第二十四号(その一) 平成三年三月二十七日(水曜日) 午前十時開議 出席委員 委員長 渡部 恒三君 理事 大石 千八君 理事 鹿野 道彦君 理事 近藤 鉄雄君 理事 二階 俊博君 理事 増岡 博之君 理事 加藤 万吉君 理事 佐藤 敬治君 理事 松浦 利尚君 理事 草川 昭三君 相沢 英之君 愛野興一郎君
第百二十回国会衆議院 予算委員会議録第二十四号(その一) 平成三年三月二十七日(水曜日) 午前十時開議 出席委員 委員長 渡部 恒三君 理事 大石 千八君 理事 鹿野 道彦君 理事 近藤 鉄雄君 理事 二階 俊博君 理事 増岡 博之君 理事 加藤 万吉君 理事 佐藤 敬治君 理事 松浦 利尚君 理事 草川 昭三君 相沢 英之君 愛野興一郎君
第百二十回国会衆議院 予算委員会議録第四号(その一) 平成三年一月十八日 越智伊平君委員長辞任につき、その補欠として 渡部恒三君が議院において委員長に選任された。
第百十二回国会衆議院 予算委員会議録第一号(その一) 本国会召集日(昭和六十二年十二月二十八日)( 月曜日)(午前零時現在)における本委員は、次 のとおりである。
○寺田熊雄君 大臣、私の質問をよく聞いてからお答えいただきたいんですが、私は、あなたが——いいですか、これは四十三年の二月七日、衆議院予算委員会議録第三号にあるあなたの御答弁を、いま私が御披露申し上げるのですが、「われわれが青年時代に、国際連盟というものがありました時代に、チェコスロバキアのベネシュという有名な外務大臣がありまして、かなり大国を手玉にはとりましたけれども、やっぱりそのバックがチェコという
その次のでっかいほうの字、「参議院予算委員会会議録」、衆議院のほうは「予算委員会議録」、予算委員——会がないんだ——会議録。「第十三号」というのは、これは参議院のほうが大きいんだ。衆議院のほうはこれは小さい。この横っちょの欄外に「(八一)」とか「(五七)」とかあります。これ何ですか。これは、ページでもないんですよ。これをずうっとめくってみると、そのほかはないんです。
先ほど私が読み上げました議事録で確認をしておくほうが確実だと思いますから、昭和四十七年三月二十八日の衆議院予算委員会議録第二十号の福田国務大臣が答えている十四ページの部分、「最終的というか、三億二千万ドルというものが最終段階でまずきまったのです。しかし一方におきまして、補償費の支払いをわがほうは要求した、それに対しまして米側がこれを拒否した、そういういきさつがあります。
何か、うそのようなことを言われるんですが、これは、ここのところ、昭和四十六年十月二十五日予算委員会議録第二号に、あなたの発言がこう出ている。「国会の決議どおりにならなかったという結果に対しては、その間の事情を十分国会に説明をして御了解を得る努力をいたさなければならないという政府の責任を感じます。」、こう言っている。私の言ったとおりじゃありませんか。