1971-02-12 第65回国会 衆議院 災害対策特別委員会 第3号
実は私も、まだ学生当時のことでありますが、新潟に住んでおりまして、新潟地震の予報というものを知りまして、――当時は東北大学の中村左衛門太郎先生だと思いますが、そういうふうなことから避難の訓練、にぎり飯のつくり方等まで、当時はみんなやったわけであります。ところが、それではなかったのですけれども、その後やはり新潟に大地震が起こった。そうして、ごらんのようにあれだけの大災害であったわけであります。
実は私も、まだ学生当時のことでありますが、新潟に住んでおりまして、新潟地震の予報というものを知りまして、――当時は東北大学の中村左衛門太郎先生だと思いますが、そういうふうなことから避難の訓練、にぎり飯のつくり方等まで、当時はみんなやったわけであります。ところが、それではなかったのですけれども、その後やはり新潟に大地震が起こった。そうして、ごらんのようにあれだけの大災害であったわけであります。
中村左衛門太郎先生の新潟地震の予言というのは、私どもも十分存じております。
過去二十年あるいはもっと長くなりますが、ずいぶん前から、地電流、地磁気、自然放射能というものを、前の東北大学の加藤愛雄先生、中村左衛門太郎先生、あるいは京都大学の佐々教授からいろいろ御指導いただき、また、もちろん気象庁の方にも来ていただいて、いろいろ観測していたわけでございます。