2020-02-25 第201回国会 衆議院 予算委員会第四分科会 第1号
それは、躯体の中性化対策。つまり、原則として、建屋全体、一棟全部を改修しないと、この長寿命化改良事業というのが使えない。 ところが、自治体もなかなかやはり一気に改修できるほどの余裕がなくて、予算上の制約もあります。人手不足というのもあります。だから、まずは例えば屋上の防水だけやりたいとか、外壁の改修だけやりたいとか、こういうような声があります。
それは、躯体の中性化対策。つまり、原則として、建屋全体、一棟全部を改修しないと、この長寿命化改良事業というのが使えない。 ところが、自治体もなかなかやはり一気に改修できるほどの余裕がなくて、予算上の制約もあります。人手不足というのもあります。だから、まずは例えば屋上の防水だけやりたいとか、外壁の改修だけやりたいとか、こういうような声があります。
選択的夫婦別氏制度を考えるに当たっては、このような男女どちらでも使えるような中性化した名前がふえつつあるという社会の変化も捉えた上で、今後また違った角度から精力的に検討を進めていく必要があると思いますけれども、大臣の見解をお伺いします。
一方で、原子力発電所の施設の中には電気・計装設備のケーブルといったようなものがございますけれども、こちらの絶縁の劣化、それから、コンクリートの構造物、これが中性化してもろくなっていくという現象がございますけれども、こういった現象につきましては、原子炉を運転していない場合にあっても時間とともに進んでいくといったようなことがございます。いろいろな現象があるということでございます。
他方で、電気・計装品の絶縁の低下ですとかコンクリート構造物の中性化といったような、原子炉を運転していない場合であっても時間とともに進む経年劣化事象というものもございますので、一概に期間で安全上重要な設備に影響がない、運転しているかどうかということで一概に安全上重要な設備に影響がないとまでは言えないのではないかというふうに考えてございます。
いわゆるジェンダーフリーにつきましては、平成十七年に閣議決定した第二次男女共同参画基本計画において、「「ジェンダー・フリー」という用語を使用して、性差を否定したり、男らしさ、女らしさや男女の区別をなくして人間の中性化を目指すこと、また、家族やひな祭り等の伝統文化を否定することは、国民が求める男女共同参画社会とは異なる。」と明記をされており、この見解に変わりはございません。
すぐ駄目になるだろうということは全くありませんで、建て替えられたところなんかもよく見てみると、コンクリートはまだ立派に中性化もしていない。だから、我々はいかに生かしていくかということでやっていきたいと思います。 そういう意味で、実際に住宅の管理はソフトがあります。新宿なり都心にいて住宅の面倒を見るよりももっときめ細かいサービスが必要かと思います。
当初、コンクリートの建物は六十年で耐用年数が定められた理由というのを普通に考えれば、コンクリートは半永久的だ、木造の木は腐って朽ちていく、だから木は短いということになるかと思うんですが、コンクリートは、いわゆるアルカリ骨材反応を含め中性劣化していく中で、これの寿命というものが、中性化の速度を計算していくと、さまざまな研究の結果、六十年というものが定められたというふうに理解をしております。
今先生、鉄筋が膨脹するというお話がございましたが、これは水がしみ込んで鉄筋がさびて、コンクリートが中性化されて鉄筋がさびていくという過程で起きるというふうに承知をいたしておりまして、だから、かぶり厚を大きくするというふうなことをやっていけばかなり長もちするというような格好でできるというふうに私ども認識しておりますが、ただ、いずれにしても、造るだけではなくて、これはメンテナンスが大変大事でございまして
お尋ねのそういう原因でございますが、一つはコンクリートの中性化です。コンクリートはアルカリ性でございますが、それがどんどん酸素によって中性化していくというのが一つでございます。それからもう一つは、いわゆる塩、海から吹く風に乗って塩が橋梁につく、床版につく、あるいは凍結防止剤で塩をまくといったもので、中性化あるいは塩が入ってくることによります中の鉄筋の腐食というのが一つあります。
私は、男性も女性も年齢を取ってくると中性化してくるという認識があります。日野原先生の中に、夫婦も第三の人生では友人だという言葉がございますし、平野さんの取組の中では、これ例えば、働き続けた場合にその配偶者の方ってどうされているんですか。
このジェンダーフリーという用語を使用することについては、第二次男女共同参画基本計画にも明確に書かせていただいておりまして、この用語を使用して、性差を否定したり、男らしさ、女らしさや男女の区別をなくして人間の中性化を目指すこと、また、家族やひな祭り等の伝統文化を否定することは、国民が求める男女共同参画社会とは異なるということで、例えばということで、児童生徒の発達段階を踏まえない行き過ぎた性教育、男女同室
「「ジェンダー・フリー」という用語を使用して、性差を否定したり、男らしさ、女らしさや男女の区別をなくして人間の中性化を目指すこと、また、家族やひな祭り等の伝統文化を否定することは、国民が求める男女共同参画社会とは異なる。」
それはまことに申しわけなかったと思いますが、今、高市大臣が申しましたように、政府としては、既に男女共同参画基本計画において、ジェンダー・フリーという用語を使用して男女の別を否定したり、男らしさ、女らしさや男女の区別をなくして人間の中性化を目指すことなどは、国民の求めている男女共同参画社会とは異なるものであるということを明確にしておりますので、そういうことを前提に教育を進めておられる地方自治体等があるとすれば
それは例えば、過激な性教育と結び付けられてジェンダーが議論されたり、あるいはひな祭りや端午の節句の否定や、人間を中性化することを目指しているだとか、あるいは小学校高学年で男女が同じ部屋で着替えること、修学旅行などで男女が同じ部屋で宿泊することをジェンダー論者は考えているなどという誤解や、あるいは公共施設における表示、例えばトイレなど、男性はブルー、女性はピンクといった色を変えることもいけないんだというような
生物学的性別との違いということはもちろん必要だと思いますけれども、対象の中に、男女共同参画社会の形成を阻害しないと考えられるものもあり、このようなものまで見直しを行おうとするものではないということとか、当然のことなんですが、人間の中性化を目指すことですとか、行き過ぎた性教育、男女同室着がえ、トイレの男女別、色の表示を同色にすることは趣旨と違うといった、もう当たり前と思われるようなことがるる事細かに書
次の五か年計画にジェンダーという定義を入れるべきではないと思いますし、また中性化を目指すようなプログラムを入れるべきではないと思いますが、いかがでございましょうか。
ジェンダーフリーという用語について、一部に画一的に男女の違いをなくし、人間の中性化を目指すという意味で使用している方がおられるようでありますが、男女共同参画社会はこのようなことを目指すものではありません。
なお、一部に、画一的な男女の違いをなくし、人間の中性化を目指すという意味でジェンダーフリーという用語を使用している人がいるが、男女共同参画社会はこのようなことを目指すものではない、こういう立場で私どもは取り組んでいるところでございます。
念のため申し上げれば、男女共同参画は、男女に差があることを認めず人間を中性化するという考え方ではありません。生物学的には男女に違いがあるということは当然として認めた上で、一人一人の個性を尊重したような選択を認め合い、性別にかかわりなく個人の能力を十分に発揮できる社会の実現を目指すものである、こういう考え方でございます。
そういった考え方で、仮にすき間がなくても、アルカリ性ですから、いろいろな要因によって中性化をしていく、それだけでも中の鉄筋が腐食をして、耐用年数が来ると壊れてくるという話であります。
それと、中性化。原因はこの三つだ。大体そういうふうになるだろうと。それを、どこがどうなっていると見つけるのは大変だという話がありまして、かなり精密に検討していかないといけないと思うのですね。 だから、そういうふうに、今までにない費用がずっと継続してかかっていくし、場合によっては部分的に大改修というのがあると思うのですね。